世界選手権2023男子エリートロード:現シクロ王者のファン・デル・ポエルが落車、シューズ破損も独走勝利!宿命のライバルのファン・アールトが銀、ポガチャルが銅!
世代最強を決める頂上決戦となったスコットランドのグラスゴーで行われた世界選手権は、まさに今絶好調の選手たちによる共演となった。そしてその頂点に上ったのは、マシュー・ファン・デル・ポエル(オランダ)、残り22㎞から独走を続け、落車をしてシューズが破損しながらも一切攻めの手を緩めない走りで、祖父、父がともに届かなかったロードでの世界の頂点に立って見せた。しかもファン・デル・ポエルは現シクロ世界チャンピオン、これでロードでも世界チャンピオンになるとともに、12日に行われるMTB世界選手権でのエリート男子初の同一年度異種自転車競技3種目での頂点を狙う。
今ロードレース界は世代交代が進んでいる。最強と呼べるのはクラシックレースの最高峰モニュメントのミラノ・サンレモとパリ~ルーベを制したファン・デル・ポエルとシクロクロスで新旧王者を分け合ってきたその最強ライバルであり続けるワウト・ファン・アールト(ベルギー)、更には春先のクラシックを連勝、骨折あがりのツール・ド・フランスでも総合2位に入ったタデイ・ポガチャル(スロヴェニア)、更には昨年度の世界チャンピオンで、グランツールからステージレース、クラシックまで勝利するレムコ・エヴァネポエル(ベルギー)だろう。
この4強の誰もが得意なクラシックを彷彿とさせる271㎞は、120㎞の丘越え含む自然溢れるコースから、アップダウンが多く配置された市街地周回コースで終わるかなり厳しいコース、更には雨にぬれた路面が滑りやすく、結果的に出走193人中51人しかゴールできないまさにサバイバルレースとなった。
この日はスタート前から予見されていた抗議行動が前半で発生、新たな化石燃料開発に反対、既存の火力発電の労働者への労働改善を訴えるする一団が、路面に自らの体を接着するなどしたために排除に時間がかかり、1時間近く選手たちは足止めを食らうこととなった。
再スタートしたレースは一気に動き出す。9分以上のタイム差をつけて逃げていた9人をベルギーとオーストラリアが猛追を始める。これによりスプリンターらが早くも脱落し始めると、グラスゴーの市街地周回コースに戻ることにはその差は4分半ほどにまで縮まっていた。そして周回コースに入ると、今度はデンマークが動く。マッズ・ペデルセン、マティアス・スケルモースの二枚看板で挑んできたチームは、ここから選手たちを削るべく積極的な動きを見せる。ベルギー、さらにはデンマークの加速で、第3周回に入ると先頭の9人を追うメイン集団は、わずか32人にまで絞られていた。
この追走も分断をし、再集結をしたが、残り74㎞でファン・デル・ポエルが揺さぶりをかけるとこの日の逃げはすべて捉まり、先頭はファン・デル・ポエルの動きに合わせたファン・アールト、ポガチャル、アルベルト・ベッティオール(イタリア)、ペデルセンとマシュー・ディンハム(オーストラリア)となる。しかしこの段階でっ子の強力なメンバーに逃げを許せば危険と判断した追走集団により、この攻撃は5㎞ほどで終わってしまう。
6周回目に入ると今度はエヴァネポエルが積極的なアタックを仕掛ける。しかしこの動きは実を結ぶことなく、残り55㎞でベッティオールがするすると抜け出し独走態勢となる。そしてここから雨が落ちて路面を濡らすと、展開を大きく左右することとなる。
追走集団ではヨナタン・ナルバエス(エクアドル)が下りで落車、これによりベッティオールを追走しているファン・デル・ポエル、ファン・アールト、ポガチャル、ペデルセンらとエヴァネポエルらにわずかな差が広がってしまう。これが結果的にエヴァネポエルにとって連覇の夢を阻むこととなった。
当初はファン・アールトらに食らいついたティス・ベノート(ベルギー)だったが脱落、これでベッティオールの後ろに4人の世代最強クラスが顔を揃え、これで世界の頂点を目指せるのは5人に絞られた。そのままベッティオールは独走を続けたが、難コースだけにその疲労は激しく、優位なのはローテーションしながら追走する4人だった。
残り22㎞、目の前にベッティオールを捉えるとそのままファン・デル・ポエルが激坂で切れ味鋭いカミソリアタックを決める。しかしこのアタックに反応こそすれど、誰も付いていくことができない。これを確認するとファン・デル・ポエルは一気にTTモードへと突入、更にはシクロクロスで培ったボディーバランスでコーナーを攻め、じわじわとその差を広げていく。ベッティオールはそのままずるずると順位を下げる中、追走の3人は駆け引きが始まりうまくローテーションも機能しなくなる。
だがここでファン・デル・ポエルに不運が訪れる。塗れたコーナーでバランスを失いそのまま落車してしまったのだ。すぐさま立ち上がると、コーナーの連続で目視はできないものの後続との差を確認しつつ再スタートをする。幸運だったのはディレーラー側から落車したにもかかわらず、損傷がなかったことだ。だがシューズとクリートは破損、落車の影響もあり脚が小刻みに震える中、自らシューズの固定ワイヤーを素手で引きちぎりそのまま爆走モードへと突入していった。
追走にとっても差を詰めるチャンスではあったが、長いこのステージで疲弊しきっていたファン・アールトらにはこの差を詰めるだけ力は残っていなかった。ファン・デル・ポエルが念願の世界選手権制覇を1分37秒の大差をつけて成し遂げると、ファン・アールトは追走の3人から抜け出し銀メダルを獲得、さらにはスプリント勝負へと持ち込まれたゴール勝負で、スプリンターのペデルセンをポガチャルが仕留める波乱の末銅メダルを獲得した。今大会の4強と言われたうち3強がきっちりと表彰台を独占して見せた。
そして何よりも今年の2月に行われたシクロクロス世界選手権の金、銀の二人がロードでも金、銀を獲得、この二人の抜きんでた才能が自転車界を大きく牽引していることを改めて示して見せた。
「アタックのチャンスがあることはわかっていたけど、その最初の一撃でまさか誰もついてこないとは思わなかったよ。正直驚いたけど、あれで”勝てる”と思ったら一気に自信がみなぎったよ。でも気が付いたら地面に転がっていたんだ。本能ですぐに走り出したけど、シューズとクリートが破損していて力が入らなかったんだよ。でもアドレナリンがそれを上回ったんだよ。バイクが破損していなかったのは本当にラッキーだったよ。あとはすぐにペダリングリズムを取り戻せたので良かったよ。一度は縮まった後続との差がまた開きだした時に、さらに気合が入ったんだよ。1分台を超えた時にはそれが革新へと変わっていったけど、最後までコーナーは気を抜かないで攻めたよ。」満面の笑みでファン・デル・ポエルは語った。MTB世界選手権での同一年度3枚目のアルカンシエル挑戦に関しては、「勝利よりもまずはパリ五輪の出場権獲得が目標だね。」と東京五輪での落車で金メダルを逃したことへのリベンジを視野に入れている。」
対しては2位に終わったファン・アールトは、「僕もそこにいたんだけど、ただファン・デル・ポエルが強すぎたんだよ。」と語り完敗を認めた。
全く勝負にすら絡めなかったエヴァネポエルは、「正直テクニカルなコーナーと短い激坂の繰り返しは、僕は好きじゃなかったよ。それに結局一度別選手の落車で前の5人との差が開いてしまったら、もう縮まらなかったんだよ。あの時点でレースは終わっていたよ。今日の表彰台の面子を見ればわかるだろ、それだけ凄いレースだったんだよ。ファン・デル・ポエルは勝つべくして勝ったんだよ。」と激戦のレベルが非常にハイレベルであったことを口にした。
UCI世界選手権2023男子エリートロード順位
金メダル マシュー・ファン・デル・ポエル(オランダ) 6h7’27”
銀メダル ワウト・ファン・アールト(ベルギー) +1’37”
銅メダル タデイ・ポガチャル(スロベニア) +1’45”
4位 マッズ・ペデルセン(デンマーク)
5位 ステファン・キュング(スイス) +3’48”
6位 ヤスパー・ストゥーヴェン(ベルギー)
7位 マシュー・ディンハム(オーストラリア)
8位 トム・スクインス(ラトヴィア)
9位 ティス・ベノート(ベルギー)
10位 アルベルト・ベッティオール(イタリア) +4’03”
H.Moulinette