ジロ・デ・イタリア2022:大本命なき大会にチャンスあり、初めて総合狙いで挑んだボーラ・ハンスグロエがヒンドリーで総合優勝を達成の快挙、UCIポイント制度が今後変えるかもしれない景色
グランツールというのは特殊な場所だ。世界三大ツールと言われるジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、そしてブエルタ・エスパーニャは、それぞれ3週間以上に及ぶ長丁場のレースであり、それをスタートした8名で乗り切らねばならないのだ。だからこそ、各チームは出場前にそのチーム戦略として方向性を絞る必要がある。大会全体の1/4を占めるスプリントステージで勝利を狙うのか、それとも総合上位狙いで行くのか、これによりその布陣は大きく変わるのだ。
参加することに意義があると言われたのは昔の話、ルール変更(UCIワールドチームでの獲得ポイント数が少ないチームが降格、UCIプロチームの上位が昇格)により多くのUCIポイントを各チーム稼ぎださなければ降格となる今のルール化で、グランツール出場はデメリットさえ生じさせているのだ。事実今大会もワイルドカードで出場枠を獲得していたアルケア・サムシックは出場辞退し、代わりに裏で行われたワンデイレースでポイントを量産し、ジロ・デイタリアに参加していた多くのUCIワールドツアーチーム以上のポイントを稼ぎ出した。
実はこのことがボーラ・ハンスグロエの作戦にも大きな影響を与えていた。チームとして何勝できるかわからないスプリントステージに主力選手を連れて行くよりは、主力スプリンターはワンデイレースに送り込み、大本命がなく混戦となることが予想された総合争いに、実質エース経験ゼロの頻度りーで挑むという大博打にでたのだ。ボーラの出走メンバーはワンデイではあまり活躍しない選手たちが顔を揃えた。さらにグランツールでの経験豊富なエマニュエル・ブッフマンとウィルコ・ケルデルマンをメインアシストとして配置することで、なんとか総合狙いの体裁を整えた。
ライバルチームに比べはるかに見劣りすることも、ライバルチームからは徹底マークされないというメリットを生み出した。さらにはどこまでこのチームが総合で機能するのかわからない、という未知数さが、各チームの包囲網の手を緩ませていた。
そんな中ジェイ・ヒンドリーは予想以上の走りを見せた。たしかに2020年のジロ・デ・イタリアで最終日前日最後の山岳でマリア・ローザは獲得していたが、この活躍が一発屋のそれなのか、それとも実力なのかは誰もが測りかねていた。しかしその時の活躍はフロックではないことをヒンドリーは自ら示してみせたのだ。しかしそれでもエースのリチャード・カラパズ擁するイネオス・グレナディアスや、ミケル・ランダ擁するバーレーン・ヴィクトリアスに比べれば、アシストの経験不足は明白だった。総合争いでのトップレベルのアシストをシたことがないチームにとっては、ヒンドリーの自力頼みという側面は非常に強かった。それまでのステージでは逃げにメンバーを送り込んで、勝負の局面でアシストを使えるという王道の作戦を実行していたにも関わらず、第19ステージでは全員がヒンドリーにピッタリと寄り添う形でのアシストを行い、結果ライバルチームのペースアップでそれが一枚ずつ削られていくだけの失敗アシストとなった。ヒンドリーモステージ終了後に失敗だったと口にしていたが、結果的にこれが最終ステージの最大の布石となった。
「あのチームはエースをアシストできない」そんな先入観を生み出した後の最終山岳ステージ、ボーラ・ハンスグロエは、今大会ステージ優勝を上げているレナード・ケムナを逃げに送り込んだ。もちろんアシストの意味もあったが、すでにステージ勝利を上げている選手だけに、もう1ステージ狙いに来るのでは、という憶測を呼んだ。そしてステージ終盤イネオス・グレナディアスのペースアップでヒンドリーはアシストを失いたった一人の状況となる。
しかし残り3kmを切っての最終局面で、お手本のようなアシストがツボにはまる。ヒンドリーとカラパズの直接対決となっているところに、ケムナが待ち構えていたかのように現れたのだ。十二分に脚を休めて待っていたケムナの力強い牽引で、あっという間にカラパズは限界を迎えた。これで勝負あり、ボーラ・ハンスグロエは最後の最後で一番欲しいアシストが最高の場面で現れるという、まさに理想通りの最高の展開をやってのけたのだ。経験がなかっただけに一発勝負ではあったが、それをこなして見せたケムナの走りが決定打となり、そしてさらには総合優勝というものが目の前に明確に見えたヒンドリーのモチベーションに火が灯ったことで勝敗は決した。
鮮やかに思える今回のボーラ・ハンスグロエの勝利は今後の各チームの戦略に影響を与えそうだ。
主力選手をポイント稼がせるためにグランツール以外のレースに専念させ、グランツールはそれ以外の選手で何とかする、という構図が今後増えるかもしれない。絶対的グランツールエースでグランツールでの総合優勝を含む多くのポイントを稼ぎ出せないのであれば、裏のレースでポイントを稼いだほうが「有意義」になるかもしれないのだ。特にポイントを必要とする降格ラインにいるチームはグランツールに出走させる選手をかなり絞り込んでくるだろう。
今後のレース、各チームがどんな布陣で挑んでくるかに注目が集まる。
H.Moulinette