UCIとツール・ド・フランス主催者ASOは「出場を自粛して欲しい」、それに対してフルームは「僕には出場する権利がある」と譲らず強行出場へ、未だグレーでの出場はレース界にプラスなのか?
クリス・フルーム(チームスカイ)問題がまだくすぶっている。すでにUCI(世界自転車競技連盟)とツール・ド・フランス主催者のASOはフルームに対して昨年度のブエルタ・ア・エスパーニャでのサルブタモール問題が解決していない現状での出場を自粛するように声明を出している。さらにはASOのトップ、プルドムがここへ来て露骨な嫌悪感を示し、「疑惑の渦中の人間はレース出場ができないようにルール変更が必要」とまで踏み込む事態となっている。しかしそれに対して当事者のフルームは、出場を宣言、この泥仕合はいつまでつくのだろうか。
昨年度のブエルタ・ア・エスパーニャでのフルームのサルブタモール値の問題は何度も取り上げてきたが、日本ではほとんどのメディアがそのことにを深く取り上げないために詳しく知らない人が多いので、あらためて説明しよう。昨年度レース期間中に、フルームが検査の際に気管支拡張薬であるサルブタモールの数値が、限界規定値の2倍という数値が計測されていたことが発端となっている。過去の数値オーバーのケースでは、フルームの数値以下ではあったが、出場停止処分(数値発覚まで遡って出場停止処分中のタイトル剥奪)となっている。サルブタモール自体は禁止薬物ではないが、数値オーバーは規定違反であったが、大会期間中にそのことが一般に公表されることなく、後に公表されることとなった。
通常禁止薬物の使用であれば、即座に出場停止となり、その後処分が検討されることとなる。しかしサルブタモールがWADA(世界アンチドーピング機構)の禁止薬物では無いために、判断が出るまでの期間選手のレース出場は制限(禁止)されない、というのが今回の問題だ。フルームはこの部分を強調して「僕自身は出場を自粛しなければならない理由は何一つない、大会に出場する権利がある。」と主張している。
しかし昨年度数値オーバーが検出されたブエルタ・ア・エスパーニャ、そして今シーズンすでに出場し総合優勝を決めた今年のジロ・デ・イタリア共に、今後の裁定いかんではタイトル剥奪の可能性があるのだ。ランス・アームストロングや過去にドーピング違反を犯した選手たちが出場停止となり、タイトルが剥奪となるスキャンダルが続いてきた自転車界にとっては、ようやくドーピングスキャンダルから抜け出て信頼を回復しつつある現状でのさらなる”タイトル剥奪”というケースはできる限り避けたいというのが実情だ。その為UCIも主催者であるASOもフルームへの出場自粛を求めているのだ。
しかしフルームからすれば、連続でグランツールを制してきており、波に乗っている今その勢いを止めたくないという思いがある。もし出場せずに記録が途切れ、その後おとがめなしの処分無しとなった時に、「やっぱり出場しておくべきだった」という後悔を残したくないゆえに出場を強固なまでに固持しているのだ。
「もちろん僕のタイトルが剥奪になれば、それが自転車界にとって大きな信頼失墜につながることもわかっている。だけど僕は今現在自分の権利として認められることを主張して出場をするだけで、何もやましいことはないんだよ。」フルームはそう語るが、現状世界中からは冷ややかな目で見られている。
日本ではレース界のマイナスイメージになるからとあまり詳しくフルームのサルブタモール問題を報じないばかりか、一部レースの解説者などまでもが「出場してくれるといいですね」と発言するなど、事の重大性を認識していないような雰囲気がある。それに対して世界的にはフルームは疑惑の渦中にあり、出場を辞退するべきなのかどうかという議論が活発に行われているが、大方の見方として「出場すべきではない」という声が多数を占めている。
では実際に現状ではフルームの出場は自転車界にとってプラスなのだろうか?それともマイナスなのだろうか?状況を総合的に考えれば、マイナスと言わざるを得ないだろう。理由は明確、基準値越えによる違反数値が出たことは紛れもない事実であり、処分対象となっているからだ。その最終判断を待たずして出場するということは、グレーのままで出場しているにほかならず、そのことが現場のライバル選手たちの士気やモチベーション、集中力にさえ影響を与えているからだ。
「処分を待ってから出場すべき」、「どういう神経で違反数値を計測しているのに堂々と走れるんだ?」、「後々出場停止になった場合に順位が繰り上がるのはごめんだ」、「レース界全体のことを考えて欲しい」などと選手たちの間からは厳しい言葉が次々と発せられているのが現状だ。
「自転車レースという勝者を決めるための結果スポーツにおいて、”グレー”は必要ないんだよ。”白”か”黒”それで出場できるかがはっきりと分かれるべきなんだ。今回の一件に関して一般大衆の中には”禁止薬物ではないのだから”という声もあるが、僕らレースを運営する現場の当事者にとってはそんな問題では済まされないんだよ。まさか昨年度の一件がここまで延び延びになって僕が頭を悩ませることになるとは思わなかったよ。”規則上”はフルームは走ることができるのは事実だけど、よく考えて行動して欲しいね。」
果たしてこのような状況でも本当に強行出場するのか、それともASOが何らかの通達をするのか、未だに情勢は不透明だ。こんな議論を大会直前にしなければならないこと自体が、レース界にとっては大きなマイナスでしかない。一日も早い決着を見なければ、回復半ばの信頼は再び地に落ち、本当に信頼回復はますます遠のいていく。
H.Moulinette