ブエルタ・ア・エスパーニャで見えたログリッチのプロフェッショナリズム、ポガチャルとは違う完成系の総合力とその強さ、ストイックにスタイルを貫く動じないメンタル
ブエルタ・ア・エスパーニャはプリモズ・ログリッチ(レッドブル・ボーラ・ハンスグロエ)の4度目の勝利で大会を終えた。今シーズンのグランツールは、タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)の圧倒的な攻め一辺倒の「攻撃は最大の防御」を体現する、攻撃的アグレッシブスタイルが主流となりつつあった。だが、ツール・ド・フランスでの走り、また過去のログリッチの走りを見てきても、ポガチャルの様な切れ味鋭いアタックは、そのスタイルではない。
今大会で何度もログリッチが見せた、ジワリと加速してハイケイデンスで踏み続ける、緩急ではなく持続力あるペースアップ力で押し切るスタイルこそがログリッチの走りであり、今大会でもそれが勝負の局面で発揮された。これはライバルたちが皆ログリッチスタイルの緩急タイプではなかったことが功を奏したというのもある。総合優勝と表彰台を競い合ったエンリック・マス(モビスター)、ベン・オコナー(デカスロンAG2Rモンディアル)、ミケル・ランダ(T-REX・クイックステップ)はいずれも爆発的な加速力のある選手ではない。どちらかと言えばログリッチと同じタイプのタイミングを見てペースアップでの出力持続力型だ。
それを理解していたからこそ、ログリッチは今大会守備的、防御的走りを主体とし、チャンスがあれば動くというスタイルを貫いた。本来であればもっと圧倒的なパフォーマンスを見せられたかもしれないが、1秒でも前にいれば勝利、無駄な力の浪費は極力しないというスタイルをどこまでも貫いて見せた。それでも第19ステージでは勝負所と見たチームメイトたちが思い切り牽引したことで「チームメイトが仕掛けるというからそれに従った」と語る通り、あの勝負所でさえなお冷静に対処し、結果チームメイトのお膳立てをしっかりと活用して決定打とした。
ポガチャルの走りは力の差を見せつけ、相手に諦めさせることでライバルの心を折るスタイル、「先手必勝」一撃必殺スタイルだ。それに対してログリッチはその対極にもあると言えるだろう。ログリッチの走りは、相手が”まだ行ける”と思い込み、それをその背後で傍観して疲れきるところまで待ち、疲れ切ったところで自らはペースを上げて相手の心を折るスタイル、「真綿で首を絞める」生殺しスタイルなのだ。
そしてログリッチは相手に合わせて自らのスタイルを変えることをしないのだ。常にマイスタイルをどんな状況下でも貫くこのメンタルの強さは、なぜ彼が4度もブエルタを制することができたのか、そしてそれ以外のグランツールでもジロを制し、他表彰台を3度も獲得できているのかで見て取れる。また主要ステージレースで総合優勝10度というのも、そのスタイルがいかに戦術として「勝てる」ものなのかがわかる。
だがログリッチの走りのスタイルと、ポガチャル、ヨナス・ヴィンゲガード(ヴィズマ・リースアバイク)、レムコ・エヴァネポエル(ソウダル・クイックステップ)らのような攻撃的スタイルとはめっぽう相性が悪い。だからこそ昨今彼らとの直接対決では後塵を拝することが多い。だが今年のツール・ド・フランスでもそうであったように、それでも相手に合わせることは決してせず、自分の勝負スタイルを貫き真っ向勝負を挑むあたりに王者の貫禄を感じさせる。
決して揺るがないプロフェッショナリズム、ストイックなまでに自分のスタイルでの勝負に徹する走り、これらはポガチャルとはまた異なる完成度の高さを誇っており、まだまだこれからもしばらくは第一線で活躍していくことは間違いないだろう。年齢的にもポガチャルらとは一回り近く違う世代、新たな世代とスタイルの台頭にも屈することなく我が道を極め続けるログリッチもまた、「最強の選手」の名に相応しい男と言えるだろう。果たして来シーズン全人未踏の5度目のブエルタ制覇に挑むのか、まだまだログリッチの「飛翔」は高く、そして遠くまで続く。
H.Moulinette