TDF2024総括:記録づくめの大会は歴史に残る大会に、ポガチャルのダブルツールに獲得ジャージ数、カベンディッシュの通算最多ステージ勝利記録、ギルメイのアフリカ有色人種初載冠
今年のツール・ド・フランスはどこまで行っても見ごたえのあるバトルが続く、歴史に残る大会となった。それはタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)という歴代最強の選手がどこまで記録を伸ばしていくのか、過去の記録を塗り替えていくのかというという延長上にあるのも確かだが、それ以外にも多くの歴史的記録が生まれた大会となった。
まずはポガチャルから見ていけば、史上最年少での3度目のツール・ド・フランス制覇となった。ポガチャルに続くのは、エディー・メルクス、ベルナール・イノー、ジャック・アンティクルと全て伝説の名選手たちだ。
そしてマルコ・パンターニ以来となるジロ・デイタリアとツール・ド・フランスのダブル勝利は、機材進化とハイフィジカル化された近代サイクリングではもはや不可能に近いと言われてきた。しかし今年はライバルたちのケガが相次いだこともあり、その可能性が一気に現実味を帯びていた。ジロ・デ・イタリアでは省エネでの圧勝という形で終われたことで、ツール・ド・フランスへ向けて余力を残せたのは大きかった。しかしライバルたちが揃って復帰、顔を揃えたツール・ド・フランスは一筋縄ではいかなかった。過去2度ツール・ド・フランスを制したときのように、「個」の力で戦っていたとすれば、今年の総合優勝はなかっただろう。今年の総合優勝も「運」を味方につけたところは大きかった。例えば復帰してきたヴィンゲガードだったが、大会直前に最強アシストであり昨年度のブエルタ覇者のセップ・クス(ヴィズマ・リースアバイク)を失ったのは大きかった。
ポガチャルも序盤でホァン・アユソ(UAEチームエミレーツ)という最強アシストの一角を失ったものの、ジョアオ・アルメイダとアダム・イェーツ(共にUAEチームエミレーツ)が最後まで献身的にポガチャルを支え続けた。それに対してヴィンゲガードはマッテオ・ヨルゲンセン(ヴィズマ・リースアバイク)という片腕こそ最後まで奮闘をしたが、ステージによっての好不調の波が大きく、アシストとして機能しきったとは言い難かった。
結果としてポガチャルは見た目以上のタイム差をつけて圧勝ともいえる史上8人目のダブルツールを達成、疲れによりオリンピックは辞退したが、それはもしかしたらブエルタ・ア・エスパーニャ制覇を狙ってのものかもしれない。過去に全てのグランツールを制覇したことがある選手は僅か7名のみ、ジャック・アンティクル、フェリーチェ・ジモンディ、エディ・メルクス、ベルナール・イノー、アルベルト・コンタドール、クリス・フルーム、ヴィンチェンツォ・ニーバリ、となっている。その中で年度をまたいでの3大ツール(ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャ)連続勝利は3名、エディー・メルクス、ベルナール・イノー、クリス・フルームとなっているが、過去誰一人として同一年度内の全てのグランツール勝利は成し遂げていない。歴史上もっとも偉大な選手たちでさえなしえなかった最難関こそが、同一年度グランツールグランドスラムと言える。そしてその挑戦権をポガチャルは得たのだ。当人はスケジュールのかぶる世界選手権のジャージに色気を感じているようだが、まだ未定なだけにどちらに出るのかが気になるところだ。
そのポガチャルはもう一つ記録を樹立、そして更新中でもある。それはグランツールでの年間ジャージ獲得数だ。総合リーダージャージ限定すれば、1970年のエディ・メルクスがジロで14日間、ツールで22日間で36枚の総合リーダージャージを手にした。ポガチャルはジロで19日、ツールで18日で39枚となり、新記録を作った。そしてポイント賞、山岳賞、新人賞も含めた記録となると、同じく1970年のエディ・メルクスの37枚(総合36枚、ポイント賞1枚)に対し、ポガチャルは66枚(総合39枚、山岳賞27枚)と圧倒的な枚数を確保し記録を大幅更新した。これがブエルタ出場となれば、さらに伸びていくこととなりそうだ。
そして今大会もう一つエディ・メルクスの記録が破られた。それは通算ステージ勝利数だ。大ベテランのマーク・カベンディッシュ(アスタナ・カザフスタン)はこだわり続けたツール通算ステージ勝利数の記録を遂に更新、35勝目を挙げて見せた。通算グランツールステージ勝利数でもダントツの1位のエディー・メルクスの63勝だが、ツールに限れば34勝でカベンディッシュと並んでいた。カベンディッシュは更新を目指しここ数年明確に狙ってきたが、落車に見舞われるなど、記録に十二分に挑むチャンスを掴めなかった。しかし今大会では見事にステージ勝利を達成、グランツールの勝利数ではメルクスとマリオ・チッポリーニの次ぐ史上3位の記録で自らの引退の花道を飾ることとなった。ちなみにポガチャルはすでにツールだけで17勝、グランツール26勝まで記録を伸ばしている。
また今年のツールでは新たな歴史の1ページが開かれた。アフリカ系有色人種であるビニアム・ギルメイ(インターマルシェ・ワンティ)がポイント賞ジャージを獲得したのだ。まだまだヨーロッパ中である自転車競技だが、南米の選手たちの活躍は古くから続いてきた。特に標高が高いところで生まれ育った選手が多く、心肺機能の高さから山岳ステージに特化した名選手たちはが多く誕生した。今大会山岳賞ジャージを獲得したリチャード・カラパズ(EFエデュケーション・イージーポスト)もそうだが、今でも多くのチームでコロンビアを中心に多くの南米出身の選手達がしのぎを削っている。アフリカ系選手はここ10年ほどで急激に増えてきた。クリス・フルーム(イスラエル・プレミアテック)もケニヤ出身であり、それ以外にも南アフリカ出身など選手たちはいたが、そのほとんどは白色人種系であった。一部有色人種系選手もいたが、ツール・ド・フランスという大舞台での活躍はなかなか難しかった。だが今回ギルメイはアフリカ系有色人種史上初のステージ優勝のみならず、そこからステージ3勝を挙げ、ポイント賞ジャージ獲得まで一気に到達した。
今大会は本当に価値ある大会となった。歴史的偉業の達成が続き、そして更にこれからの時代への新たな扉が開かれた形となった。ここからパリ五輪、ブエルタ・ア・エスパーニャ、世界選手権とどんな歴史が紡がれていくのかが楽しみだ。
H.Moulinette