ガンナがアワーレコード更新!1100万円の機材で、従来の記録を大幅更新の56.792㎞!3Dプリントされた特殊アルミ合金接着フレームで新記録樹立!最大の敵は睾丸の位置!(動画あり)


©Ineos Grenadiers
古くは機材の制限がなく、特殊な形の自転車が次々と飛び出し数多くの記録が作られたのがアワーレコード、つまり1時間のうちにどれほどの距離を走れるのかというものだ。機材制限ができ、トライアングルフレーム(前三角と後ろ三角で構成されるフレーム形状)のみが有効な機材となってから新たに始まったアワーレコードは昨今の機材革新により次々と記録が更新される時代となった。そしてTT世界チャンピオンにも輝いた現役選手のフィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアス)は、チームの万全のバックアップの下1100万円近い最先端機材で武装し、従来の記録を1㎞以上も更新する56.792㎞を達成、見事世界最速の称号を奪還した。
奪還したというには訳がある。従来の記録保持者だったガンナだが、今回の挑戦に先立ち行われていた機材調整の現場で、空力の専門家でもありながら、イネオス・グレナディアスのパフォーマンス・エンジニアも務めるダン・ビグハムが世界記録を更新、55.548㎞をたたき出していたのだ。過去にアワーレコードに挑戦し、ブラッドリー・ウィギンスの記録を更新し世界最高タイムをたたき出したことがあるビグハムだが、コンチネンタルチーム所属の選手はワールドツアーやプロチームとは異なるドーピング規則であるため、正式な世界記録としてはみなされることはなかった。しかし今回はコンチネンタルチームに所属しながらワールドツアーチームに関係者として所属しており、正式に世界記録保持者となっていたのだ。

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しかしその記録もあくまでもガンナの挑戦を支えるための試金石、ビグハムの機材の調整を得たガンナは、最良のエアロポジションで無駄のない走りを披露、驚異の世界新記録をたたき出したのだ。
今回の機材はワンオフや特殊素材のオンパレードであり、例えばリアコグの表面への特殊コーティングに至るまで、妥協なく行われた。今回のテーマとなったのが抗力係数(抵抗係数)、つまり素材の形状と表面処理によりいかに空気が抵抗なく流れていくかだ。機材そのものはわかりやすい計測数値で測れるが、難しいのは一番投影面積が多くなる人間とそのライディングフォームであり、今回はスキンスーツに至るまで徹底して考え抜かれたことが、大きな結果へと繋がった形だ。
バイオレーサーのカタナをベースにしてカスタムされたスーツとシューカバーだけでも100万円越えと言われており、ヘルメットもツール・ド・フランスで使用したカスクのバンビーノプロを使用している。シューズに関しては、よりエアロ効果の高いカーボン製の特殊シューズの選択肢もあったが、普段使用しているノースウェイブのエクストリームを使用した。ワイヤーを締め上げるボアダイアルが空力の妨げにはなるが、より履き慣れたシューズを選択したようだ。

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そして今回使用したフレームに注目が集まっている。使用されたのはBolide F HR 3Dだ。このフレームはスカンジウム/アルミ/マグネシウムの合金フレームで、パーツごとに3Dプリンターで制作され、それらを航空宇宙産業で使用される接着剤で接着して仕上げられている。この素材自体は3Dプリンターで使用されることを目的に開発された特殊合金であり、今回は5つのパーツとして印刷されたものをエポキシレジンで接着している形だ。

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特に特徴的なのはシートチューブとシートポストに当たる部分(フレーム一体成型)で、鋸刃のような形状をしている。またフォークは従来通りのタイプとなっており、以前使われた極端なワイドタイプは採用されなかった。これは姿勢によって気流が安定しないという欠点があるため、見直したところ結果としてオーソドックスな形に収まったとのことだ。

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またハンドルバーはチタンを3Dプリントして作られている。チタンに関しては3Dプリンターで作られたもののほうが、分子構造が強固になる特徴がある。
つまり今回の記録は、昨今主流のカーボンフレームではなく、最先端の金属系のフレームを使用したのだ。この記録挑戦に当たり、ISOスタンダード(安全基準)をクリアしており、UCI公認もきちんとクリアしている。実は今回UCIのアワーレコードに関しては、一つのルール変更があり、今までフレーム形状を縛ってきた3:1ルールが撤廃されたことが大きい。これはフレーム断面の縦横比率に関するルールであり、今回詳細なデータは公表されていないが、8:1ほどになっていると思われる。
このフレームは今後市販の予定(受注生産のみ)もあり、金額的には500万円弱とのことだ。また同じく特殊なハンドル周りは280万ほどのようだ。

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ホイール周りはイネオス・グレナディアスのパートナーのプリンストン・カーボンワークス製で、このフレームに合わせて設計されている。タイヤはクリンチャーのコンチネンタルGP5000TTにラテックスチューブの組み合わせを使用し、かなり高い空気圧で使用したようだ。クランクは170ミリのWattShopのクラタス・エアロクランクに64Tのチェーンリングを使用した。リアコグは同じくWattShopのクラタスの14Tとなっている。計算上このクランクを1分あたり98回も回し続けた計算となる。ちなみにこのブランドは前出のビグハム個人のブランドだ。またチェーンは東京五輪用に開発された、和泉チエン株式会社の改が使用された。

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トータルで1100万円近いこの機材で、狙い通り世界最高記録をたたき出したガンナは、「もう引退までの間にはやりたくない。」としており、その理由として「中盤以降睾丸の位置で本当に苦労した。」と男性特有の身体的特徴が大きく影響したことを語った。それにより目標としていた57㎞を諦め、タイムロスを最小限にとどめることに切り替えた結果、56.792㎞に到達した。
ガンナ記録達成!アワーレコード挑戦
H.Moulinette