フルームケースを知る:なぜサルブタモール数値の基準値越えは問題なのか?適正量ではドーピング効果は発生しないが適正量超えで発生するドーピング効果、過去の同様のケースでは出場停止
クリス・フルーム(チームスカイ)のサルブタモール問題は日本ではなかなか取り上げられていない。当然そうなれば、なぜその数値が問題なのかもよく理解されていないと思うので、なぜフルームの基準値越えが問題なのかを分かりやすく説明しよう。
まずサルブタモールとは喘息の治療薬で気管支拡張剤である。これ自体はWADA(世界アンチドーピング機構)に指定されている禁止薬物ではない(摂取方法に制約あり)。ではなぜ数値基準というものが設けられているのか、それはサルブタモールが症状に対しての適正量であれば、ドーピング効果は発生しないが、基準値越えの量を使用すればドーピング効果が出るとされているからだ。つまり過剰摂取をすると、気管支拡張により最大酸素摂取量が増加し、出力向上につながるというわけだ。その為にWADAは基準値を設定し罰則対象とし、TUE(治療目的例外措置)の申請を出している選手だけに、適正量の使用を認めている。
今回フルームから検出された数値は基準値の倍、ただ単純に症状が酷かったので倍使用しました、というのであればその説明は簡単なはずだが、そうは簡単にいかないのだ。実際に喘息の持病がありながらロードレースやマウンテンバイク選手を続けている選手は多い。その選手たちが今回のフルームの数値以上に対して「おかしい」と声を上げたのには理由があるのだ。「あの数値が出る量のサルブタモールを摂取しなければならない症状だったとすると、間違いなく自転車の乗るどころか、歩くことさえ困難な状況だったはずだ。あの日の山岳ステージなどは知れたわけがない。」というのが彼らの共通認識だ。以上数値が検出されたステージではフルームはニーバリを振り切り総合でのタイム差を広げたステージだ。
そしてそこから導き出されるのは、TUE申請が出されているほどフルームの喘息が重症ではないのではないか?ということだ。健康体であれば摂取量が増えようとも普通に運動ができるからだ。ここで問題になるのがチームスカイが過去にTUEを悪用していたという疑惑が存在していることと、そのケースもまだ決着していないということだ。つまりは所属チーム自体がグレーであり、そのエースに数値オーバー、ましてや基準値の倍という数値が出れば、疑惑の目が行ってしまうのは当然のことだろう。
では過去のサルブタモール数値オーバーはどのように判断されたのだろう。フルームのような倍といった大幅な基準値越えは今回が初めてであり、過去のケースではそれを下回る基準値越えのケースだが、意図的な摂取がなかったことを証明しても、アレッサンドロ・ペタッキは10か月、ディエゴ・ウリッシは9か月の出場停止処分となっている。どちらのケースも判断に時間がかかり、遡っての記録抹消となった。ウリッシの時はどのようにすれば数値オーバーの状況が生み出されるかの検証も行われたうえでの判断となった。
これを今回のケースに当てはめれば、当然昨年度のブエルタとジロの総合優勝は記録抹消対象となる。ただし例外がないわけではない。アレルギーによる喘息状態で、必要量以上の摂取が必要だったと認められたケースもある。フルームも体調の悪化の為、チームドクターと話したうえで摂取量を増やしたと主張してはいるが、先にも述べた通り、そこまでの摂取量が必要な喘息であれば、運動ができるような状況ではなかったというのが医学的見地からの反論となっている。そこで優勝を決定づけるような動きができたはずがない、というのが選手たちの声だ。
実は今回のジロ出場時のTUE申請に関してフルームもチームスカイも公表していない。本来であれば、このようなことがあったことを踏まえてきちんとその申請内容を公開するべきだろう。しかしそのあたりを公表しないことで、風当たりはさらに強くなってしまっている。王者であるからこそ、だからこそよりクリーンな自転車界を訴え続けてきたフルームにもかかわらず、ブエルタ以降は逆に秘密裏主義的にデータなどの公表がなされなくなっているのは腑に落ちない、というのがフルームをよく知る者の反応だ。公明正大に意図的な摂取や無実を主張してデータを公表し、社会の声を潔白の味方にする道もあったはずだ。なぜそれが基準値越えが発覚して以降真逆の対応になってしまっているのか、どこか今までのフルームらしくない対応にロードレース界は違和感といら立ちを覚えている。
H.Moulinette