コラム:「薬物解禁」ドーピングスポーツ大会をアメリカが開催へ、アメリカファーストのためには手段は選ばぬのか?すでにドーピングをした選手が世界記録を更新をアピール、自転車界への波及は?

薬物使用をした選手たちによるスポーツの世界大会をアメリカが開催すると公表した。「Enhanced Games(エンハンストゲームズ)」と名付けられたこの大会は、人間の体の可能性を最大限に生かすために医療目的で法的に認められている薬物の使用を認めた大会を開催する。その名の通り”進化した大会”を意味してはいるが、果たして医療目的で認められいる薬物を、本来の意図とは異なる目的で使用することはスポーツとしての「進化」なのだろうか?
WADA(世界アンチドーピング機構)が禁止しているステロイド系筋肉増強剤は禁止されるようだが、結局昨今のドーピングは基本的に医療目的の薬物の乱用が主体であり、それを認可してしまうという事は、そもそもドーピングを認可、強いてはスポーツの公平性そのものを根底から覆すことに他ならない。
なぜアメリカはこんなことを言い出したのだろう。一つは現トランプ政権が、政治、経済、スポーツ、軍事すべての分野においてアメリカファースト、アメリカが世界の中心でなければならないという根幹的な思想があるだろう。昨今オリンピックや世界選手権、マイナースポーツに至るまで、どのスポーツでもアメリカ以外の国の選手たちが勝利を収めることが圧倒的に増えてきている。ならば世界屈指の製薬大国という利を最大限に生かし、スポーツのルールさえアメリカファーストに捻じ曲げてしまおうというスタンスが垣間見える。なぜアメリカが世界アンチドーピング機構然り、世界に従わねばならぬのかという傲慢さが昨今駄々洩れではあったが、恐ろしいことにスポーツの世界でそれが一つの形となってしまいそうだ。
今回行われるのは水泳、陸上(短距離)、重量挙げだが、どの競技でも過去アメリカは世界最強だったが、近年それは衰退まではいかずとも弱体化していっているのは明らかだ。勝ってもドーピングで失格が相次いでいるのがアメリカの実情、ならば勝てなくなった競技でドーピングを許可して現世界記録を更新、そして自国が最強なのだというためだけの大会をやってしまおうという発想のようだ。フェアに戦ってきた人間に対して、こちら側へ来る度胸はないだろう、と言いつつ、我最強を掲げようという、下劣な感性しかそこには感じ取れない。
そもそもアメリカはドーピングに対する認識も、薬物接種に対する感覚も緩い国だが、これを世界へと波及させようという動きはいかがなものかと思う。今回トランプの長男が資金提供、更には経済的につながりの深いオーストラリアの実業家が主催者として名を連ねているあたりが、権力を乱用したファミリービジネスに見えてならない。
「人類の文化そのものを変革させる」、「スポーツ界と医療業界に革命的な影響を与える」としているが、公平性が大前提のスポーツ界にとっては「致命的な革命」と成りかねない。この大会への参加者もおそらくはドーピングで出場禁止を食らい出場機会を失ったものや、フェアなドーピングなしの世界では勝てなかったものなど、いわばスポーツ界のアウトローや落ちこぼれの巣窟となりかねない。または札束で頬を叩くやり方で、すでにパリ五輪メダリストも試験的に参加しており、金に目がくらんだものも参加することになるだろう。
「強いものが勝手にルールを捻じ曲げる」「薬物利用で人間の体の可能性は広がる」という新たな文化を作り出そうとしていることには危機感を通り越し、危険性すら感じる。百歩譲って薬物利用で人間の体の可能性が広がることはあるだろう、しかしそれをスポーツの世界へと持ち込むのは全く別の話だ。あくまでも選手をモルモットとした実験的要素が垣間見える。「公平なスポーツ競技」という概念自体が今揺らぎかねない状況になりつつある。今のところ自転車競技は含まれていないが、こんな世界が自転車業界にまで及ばないことを願いたい。
H.Moulinette