コラム:ツール・ド・フランスでのユンボ・ヴィズマに見えたチームスポーツという本質、勝つための戦略とチーム編成、そして自己犠牲を厭わないアシストの力の差
ツール・ド・フランスは昨年度急成長し総合2位に入ったヨナス・ヴィンゲガード(ユンボ・ヴィズマ)が、その実力が本物であることを証明する場となった。しかしこの勝利の裏には、明確に「打倒タディ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)」と銘打たれたチーム編成とその作戦があった。
大会を2連覇していたポガチャルは、チームメイトのアシストが豊富にあるわけではなかったが、その個人の能力ゆえに、初優勝の際にはチームで完走をした唯一人でありながら総合優勝を果たした。そして昨年度のツールで連覇を果たしたが、そこにこそ今年のユンボ・ヴィズマの戦略に繋がるヒントがあった。
昨年度唯一ポガチャルが見せた綻びは、ヴィンゲガードの攻撃で遅れたあの一度のみ、あの時点でユンボ・ヴィズマのエースはポガチャルと同胞のスロベニア人であるプリモズ・ログリッチ(ユンボ・ヴィズマ)、ポガチャルもライバルとして注視していたのはログリッチのみだった。
ユンボ・ヴィズマは今年は明確にツール・ド・フランスの総合優勝を目指したチーム編成を敷いてきた。事前の大会の結果で、ヴィンゲガードが「ログリッチと自分のダブルエース」ということを発言しており、すでに心理戦がこの時点で始まっていた。ポガチャルからしてみても、ヴィンゲガードの昨年度の走りが一過性かどうかの判断は難しく、大会前は安定して結果を残すログリッチを本命視していただろう。ただユンボ・ヴィズマは、ヴィンゲガードの実力に確信を持っており、それが今年の戦略がドはまりした大きな要因と言えるだろう。
そして公表されたメンバーは宣言通りログリッチとヴィンゲガードのツートップに、グランツールで総合優勝争いの経験のあるスティーブン・クライズワイク、クラシックから個人TT、平坦、山岳でも勝てる体力モンスターのワウト・ファン・アールト、今シーズンアシストとして結果を残してきたクリストフ・ラポルトと総合力の高いティス・べノート、独走力のあるファン・ホーイドンク、さらには山岳でのアシスト職人セップ・クスと、まさに隙のない布陣となった。特にファン・アールトは自由にステージを狙うという役割も兼務していたが、逃げてのアシストという大きな役割も同時に担えるだけに、この男の存在はチームにとっては極めて大きかった。またこれら選手が実力がありながら、自己犠牲を厭わないというスタンスが、チームをより強固なものとした。
そして迎えた今大会、序盤からファン・アールトが躍動したが、ユンボ・ヴィズマにとっては思わぬ展開が第5ステージの石畳で待っていた。ヴィンゲガードのパンクにログリッチの落車と不運にもダブルエースがそれぞれトラブルの巻き込まれる展開、これにより早々とログリッチがエースとしての機能を失い、物事はポガチャルにとって追い風になっているかに思われた。
だが肩を脱臼しながらもゴールし、翌日以降も出場を続けたログリッチは、アシストとして新たな輝きを見せる。通常脱臼をすれば、数日間は患部が腫れ痛くて仕方がないはずなのだが、それでも明確に役割をアシストとして割り切ったことで、ヴィンゲガードをワントップに攻撃体制がより増す結果となった。
連日のようにアシストがペースをコントロールし、ポガチャルのアシストたちを疲弊させていく。それに対してポガチャルも自らの哲学である「攻撃は最大の防御」を貫き、個人として徹底抗戦でアタックで応酬する。この時点ですでにユンボ・ヴィズマVSポガチャルとなっており、UAEチームエミレーツとして組織的総合力的にはユンボ・ヴィズマの後塵を拝することとなった。
それでも数少ないポガチャルのアシスト、ブランドン・マクナルティとラファル・マイカの二人(共にUAEチームエミレーツ)が獅子奮迅の働きを見せるが、それもユンボ・ヴィズマ数的優位にその力は削られていった。
毎山岳ステージで繰り返されたユンボ・ヴィズマはの継続的攻撃は、ライバルチームのエースさえ脱落させる強度のもの、ログリッチとクライズワイクを途中けがによるリタイアで失いながらも、常に積極的な攻撃的スタイルを貫いた。そしてポガチャルにとっては勝負所のステージの一つで、右腕のマイカが、まさかのチェーン切れにより脛をケガしてリタイアとなると、風向きはさらに強くユンボ・ヴィズマへの追い風となった。ポガチャル個人としての能力値は、ヴィンゲガードとログリッチのそれを上回っているが、それでもやはりそれに匹敵する相手が手を組んで揃ったときには、苦しかったと言わざるを得ない。
わかりやすく海外で一般的なスポーツ選手の評価表に当てはめてみると、グランツールでの個人の力を10段階スケールで示したとき、UAE側はポガチャルを満点の10とすると、アシストのマクナルティーとマイカは素晴らしい活躍こそ見せたが6、それ以外の選手たちは3,4程度だった。それに対してユンボ・ヴィズマは、ヴィンゲガードは9、ログリッチが8、だが、ここにアシストの実力を積み重ねていくと、ファン・アールトが8.5、ラポルト、クライズワイク、クスが6、6、7、べノートとホーイドンクが5、4と個々の能力の平均値が高く、トータルで言えば大幅に差をつけることとなる。
同じチームスポーツの野球で例えるなら、UAEチームエミレーツはポガチャルがエースで4番を打つが、残りの選手たちが平均的なのに対し、ユンボ・ヴィズマは、エースで4番とエースクラスで3番バッターがいるだけではなく、首位打者と盗塁王、ホールド王やセーブ王を狙える選手もいる、と言ったところだろう。
つまりは自転車競技というのは「チームスポーツ」ということだ。優れた選手たちが連携し、そうして勝つことができるのがこの競技なのだ。もちろん個々の能力が高ければ、さらにそれは勝利量産に繋がっていくのだ。ただ各レースの出走メンバー選定を難しくしているのは、今シーズンから導入された、ポイント下位のチームが格下げになるルールだろう。ポイントを多く稼げないグランツールに全面的に主力選手を割くのは難しいと判断し、より多くのポイントが稼ぎやすい裏で同時期に行われているレースに主力を送り込んだチームがいるのもまた事実なのだ。
今シーズン終了後も多くの選手たちが移籍をするだろう。果たしてチーム力という弱点をさらしたUAEチームエミレーツは、来年のツール・ド・フランスを見越して、その弱点を補う補強をすることができるだろうか。来年度の勢力図を占ううえで、これからの選手たちの動向から目が離せない。
H.Moulinette