コラム:人々を御魅了する世界で最も危険と隣り合わせのプロスポーツ、今年もコルブレッリがゴール後一時心肺停止、ヴェーダ―は未だ昏睡状態続く、リスク軽減と熱い勝負のバランス
様々なプロスポーツがある中で、ロードレースは最も危険なスポーツの一つと言われている。生身の体で極限まで自分を追い込み、さらには薄いジャージのみで自動車並みの速度で道路を駆け抜けるのだ。しかしだからこそこの競技は人々を魅了し、熱狂させるのだ。
危険と隣り合わせなのは選手たちもわかっている。だからこそ主催者などに対してセイフティプロトコルを要求したり、ときにはステージ自体をボイコットすることさえある。そんな中でも彼らが常に目指しているのは「勝利」すること。時にそれはチームプレイであり、時にそれはソロプレイでもある。最速と駆け引きという二つの判断を瞬時に下し、”人対人”の究極のゲームを繰り返すのだ。
昨今確かに機材の進歩と共に平均速度が上がっており、それに伴い落車の際の事故も増える傾向にはある。大怪我をする選手も多く、復帰までに時間を要することも多い。石畳のクラシック最高峰のパリ~ルーベを前に、昨年度のチャンピオンソニー・コルブレッリ(バーレーン・ヴィクトリアス)はこれをテレビで見ることとなった。
3月21日にヴォルタ・ア・カタルーニャで第1ステージでゴールスプリントに参加したコルブレッリは、勝利を逃したが2位でステージを終えた。しかしゴールから100mほど進んだところで突如意識を失い痙攣、そのままが心停止状態となった。その場に医療スタッフがすぐに駆け付けると即座に心肺蘇生とAEDによる応急処置が行われ、意識を回復した。そのまま緊急搬送されると、心臓に埋め込み式の除細動器を取り付ける手術を行い、回復に至った。しかしイタリア国内でペースメーカーをつけてのレース出走は禁止されていることからも、今後どのような選択をするのかに注目が集まっている。だが今は、「今は幸せだよ。こうして生きて息子の顔を見ることができるのが何よりの幸せだよ。最初は”なぜ俺が?”って思ったけど、今になって考えれば、僕は運がよかったんだと思うよ。」と語っており、まずはゆっくりと今年のパリ~ルーベを観戦することになる。
そしてバスク一周の第5ステージの下りでは、新人のミラン・ヴェーダー(ユンボ・ヴィズマ)がクラッシュ、これにより椎骨を骨折、さらには鎖骨と肩甲骨も骨折し、危険な状況であるため緊急で脳への血流を確保するためのスティントを頸動脈に挿入する緊急手術を行い、そのまま人工的に昏睡状態で治療が行われている。状態は安定しているが、どこまでの回復が見込めるのかは未知数な状況だ。東京五輪のMTBクロスカントリーで10位に入るなど、将来を有望視されているだけに、なんとか回復、復帰をして欲しいところだ。
人は心理学的に危険と隣り合わせなものに魅入られる傾向にある。それはスリルであり、自らをそのような場に置きたい人間もいれば、それを見ることで追体験をすることを望む人間もいる。そしてそれが”スポーツ”という正規の枠にあることで、人は堂々とそれを楽しむことをの望むのだ。
選手たちにはそこまでのリスクを負う必要がないかもしれない。でも彼らは命を張って貪欲に勝利を狙いに行くのだ。これは純粋なまでの本能であり、選手としての直感、真剣勝負であることがそうさせているのだ。だからこそ見る者を魅了し、そして熱狂させるのだ。
まずは怪我をしてしまった二人を始めとする選手たちの一日も早い復帰を望む。選手たちはこれからも熱い戦いを繰り広げるだろう。そして我々はそれを眺めるしか術がない。だからこそこれからも危険性のあるステージへの指摘や主催者によるセーフティ・プロトコルの積極的な運用も進めてもらいたい。出来うるリスクの軽減は可能な限り行うべきだろう。そしてその上でロードレースは熱い世界であり続けて欲しいと願う。
H.Moulinette