チャンスをものにしエースに!ヴィンゲガードのサクセスストーリー:絶対的エースのログリッチ脱落でもまだエースではなかった男に回ってきた「運」とそれをものにしたメンタル

今大会最大の番狂わせともいえるのが、ヨナス・ヴィンゲガード(ユンボ・ヴィズマ)の総合2位だろう。チームには絶対的エース、プリモズ・ログリッチがおり、さらにはその右腕のセップ・クスも総合上位が狙えるだけに、この二人を中心とした総合優勝争いをチームは戦略として立てていた。通常エースにトラブルがあった場合を想定し、セカンドエースという立場があるのだが、総合系のアシストがセカンドエースのポジションであり、ユンボ・ヴィズマではクスこそがそのポジションだった。さらには総合争い経験豊富なベテラン、スティーブン・クライズワイク、ロベルト・ヘーシンクもおり、代理エース候補は揃っていた。

©ASO
しかしチームとしては、正直大会序盤でエースを失うことは想定外だっただろう。ログリッチは落車にの影響で苦戦を強いられ脱落、しかしこの時点で何とかエースを守ろうとアシスト勢は動いてたため、少なからずタイムを失っており、さらにはアシスト勢も手負いでリタイアとなった。チームの方針としては、クスも含め総合での挽回、上位進出は諦めてステージ優勝狙いに切り替えるのではと思われた。少なからず総合争い未経験のヴィンゲガードにすべてを託すなどという選択肢は現実的ではなかった。
しかしステージが進んでいく中で、ヴィンゲガードの存在感は日に日に増していった。首脳陣はこれに喜びながらも、正直内心は実績のないヴィンゲガードに半信半疑だったはずだ。3週間という長丁場で、さらには総合上位争いというストレスフルな環境、さらにはアシストが僅かしか得られないという状況は不利極まりなかったからだ。

©ASO
しかしそれでも繰り下げで着ていた新人賞ジャージが、ヴィンゲガードの背中を大きく押した。「総合リーダーのポガチャルの繰り下げということは彼も僕と同じ世代」、この強気な姿勢で攻めた第11ステージで、ヴィンゲガードは自身に対する周囲のすべての疑念を払拭させ、世間を味方につけたのだ。今大会ポガチャルが唯一振り切られたあの山岳でのアタックで、ヴィンゲガードは称賛と信頼を手にしたのだ。ゴールまでのダウンヒル区間で追いつかれこそしたものの、ポガチャルがたった一度だけ”敗北”したのがあの上り、そしてそれをやってのけたのが、ダークホースですらなかった、トム・デュムランの代役のアシスト要員だったのだ。
これで一気にチームは明確に意図をもってヴィンゲガードアシストへとシフトする。その後大会終盤の最難関山岳ステージではクスがしっかりとヴィンゲガードをアシスト、総合2位獲得の大きな原動力となった。さらにはヴィンゲガードは個人TTでも素晴らしい走りを披露し、随所でポガチャルと肩を並べる才能があることを示したのだ。

©ASO
「運」も実力のうちとはよく言ったもので、その「運」が巡ってくるのがまず一つなのだが、それを活かせるかどうかというところは、また別問題なのだ。しかし今回ヴィンゲガードはがっちりとその掴んだ「運」を手放すことなく握りしめたまま、最後まで走り切ったのだ。実績がないことを逆手にライバルを油断させた前半戦、そしてライバル視され始めても、「若さと勢い」だけの選手ではなくクレバーな走りもできることを実証し、警戒させることでレースシーンを大きく揺さぶったのだ。
誰も太刀打ちできないと思われたポガチャルに一太刀浴びせ、さらにはその後も互角の勝負を演出し続けたヴィンゲガードは、この走りで一気にチームにとっての「新エース誕生」となった。今後チームは間違いなく戦力として計算ができるだけでなく、総合でのログリッチ頼み一辺倒からの脱却も可能な手札を手に入れたのだ。「運」とそれを活かす「実力」、その両方を手にした男が見せた一発回答、新たな才能の台頭は、間違いなくこれからのレース界を面白くするだろう。

©ASO
「もし一か月前に誰かが、”君がツールで総合2位になるよ”、と言っていたら、僕は信じなかっただろうね。正直人生初のツール・ド・フランスで表彰台なんて夢にも思わなかったよ。僕はトム・デュムランの代役として急遽選ばれたし、ログリッチのアシストというポジションだったんだ。ログリッチが仕掛けやすくするように、第一週に総合上位で推移してライバルチームにプレッシャーを与えるのが戦略だったんだよ。でもそれが結果的に、アシストとしての状況が変わり、そのまま最後まで総合2位でいけるなんてね!」ステージ優勝こそなかったものの、強烈なインパクトを残しての総合2位、ヴィンゲガートのサクセスストーリーはここからさらに繋がっていく。
H.Moulinette