コラム:「ロードレースはつまらない」世界チャンピオンのサガンの言葉からなぜ自転車レースが面白くなくなったのかを考える、無線の有無と検討されるレース短縮化の波

先日のスペイン紙のインタビューで、現世界チャンピオンのピーター・サガン(ボーラ・ハンスグロエ)が発したコメントが世界中で話題となっている。「自分にとっては自転車レースは見るのはつまらないスポーツだよ。」と発言した言葉は瞬く間に世界中に拡散、今やインフルエンサーとなり、サガン信者まで生み出している世代最強の男の影響力は凄まじい。

©Tim D Waele/Getty Images
サガンはインタビューの中で、「残り100kmでチャンネルを合わせてみ、うとうとしちゃうだろ。自分にとっては自転車レースは見るのはつまらない(退屈な)スポーツだよ。最後の5kmだけ見れば十分だよ。だって残り100kmからも残り20kmになっても大して変化なんてないだろ。いつも同じで、その2時間テレビの前に座り続けても何も起きないことが大半なんだよ。」と答えた。
これはサガンがあくまでも客観的に観衆の一人として自転車レースをどう見るかであり、選手としてレースを走るのが詰まらないといっているわけではないことをまずご理解いただきたい。その上で発言が意味するところ、なぜ今レースの展開が代わり映えしなくなったのかを考えてみたところ、そこには昨今常に話題となる無線の存在が一つの理由として大きいことが分かった。
今現在レースでは各チーム無線の使用が認められている。つまり各チーム監督と選手たちは、レース中も密接に連絡を取り合いながら、いかに無駄な動きをしないで体力を温存するかと言うのが戦略の大前提となっているのだ。つまり各チームと選手たちは勝負所になるまで動きをすることが少ない、この動きの少なさがサガンの言う「面白くない」を演出している最たるものでありながらも、戦術的にはこの動きのなさも駆け引きとなっているのだ。
では無線がなかった時代はどうだったのだろう。レース途中で誰かが仕掛けた場合、目視で確認する必要があり、目視できなかった選手は伝言で確認することとなる。当然そこにはブラフなどもあり、その情報を信用するか、自分で確認するかの選択肢を迫られる場合もある。だからこそレース中盤などでも激しく動くことが頻繁にあるなど、全般的に現在のレースよりもはるかに動きがあった。その為にUCIは無線禁止をルール化する方向性を何度も示してきたが、その都度各チームからの反発で限定的な試験導入で終わってきているのだ。
各チームからすれば無線はすでに戦略上不可欠なものになっており、スポンサースポーツという背景上「結果」が求められることへの最短の回答の一つでもあるために、そう簡単に手放すことができないのだ。誰がどのタイミングで動いたのかを把握し、それを無線で選手たちに伝えて動く、さらにはトラブル発生時も最短での対応をするためには無線は必要不可欠であり、今のレースにとってはレースを面白くするためではなく「結果を求めるスポーツの性質上」必要なものとなってしまっているのだ。

©Tim D Waele/Getty Images
サガンの言うレースがつまらないには一理ある。レースのシステムをわかっているもの、チーム戦略戦であることをわかっているものにとっては、動きがないことも戦略であり、その中での僅かな駆け引きに心躍るのだが、そうではない人間が見れば、たいして何も起きない時間がただ続く、景色の中をカラフルなジャージの一団が駆け抜けるだけの風景が続くこととなる。勝ってこその勝負であり、そのクライマックスは確かにレース最終盤に訪れるのだが、そこだけ見れば確かに結果がわかってしまうスポーツではあるのだ。
では無線を使用する現代で、どのようにすればレースは面白くできるのだろう?まず一つはレース距離の短縮が考えられる。逃げを容認してののんびりクルージングがしにくい状況を作るのだ。つまり逃げ切り勝利を許さないためには、積極的に追走せざるを得ない距離間の中でレースをするのだ。もちろんレースは今よりもさらに高速化するだろうし、動きは活発化するだろう。一つのミスがより致命的となり、「運」と言うものも問われるようになり、思わぬジャイアントキリングの可能性も増えるだろう。ただこれは長らくレースと言うものが定着してきたヨーロッパの土壌においては難しい側面がある。レースは実際に行われる競技部分のみならず、現場開催地ではその準備やキャラバン隊も含めた待ち時間がレースの全てであり、「お祭り」のようなものなのだ。それが一つの文化となっているだけに歴史あるレースでは短縮は難しいかもしれない。
サガンは他にも明日に控えた世界選手権のコースに関して、「自分向きではないので、ただスロバキアジャージのお披露目会」と語ったり、スプリントステージの後に、「なぜ勝負に絡んでいないクライマーたちが長々とローラー台でリカバリーをしているのか」など、スポンサーや選手たちの怒りを買いそうな発言を連発させた。ブエルタでも未勝利に終わり、虫の居所が悪かったのもあるだろうが、世界チャンピオンとしてはもう少し丁寧な言葉の選択をしてほしかった。しかし「レースがつまらない」という発言に関しては、昨今議論されている議題の核心をついており、これは今後自転車レースがいかに世界でより受け入れられるかと言う部分においては、しっかりと議論して考えなければならない問題を提起してくれたと言えるだろう。
H.Moulinette