ジロ・デ・イタリア2021で見えた、戦略の重要性と選手選択、ステージ1勝もできなかったドゥクーニンク・クイックステップと、ステージ4勝、総合優勝、チーム総合のイネオス・グレナディアス
大本命なき大会と言われた今大会は、激戦となったが、改めてロードレースで勝利するためにはチームワークが重要なのだということを痛感させる大会ともなった。どちらもトップカテゴリーの中でも常に最強を競い合う2チーム、イネオス・グレナディアスとドゥクーニンク・クイックステップだが、今大会では明暗がくっきりと分かれる大会となった。そしてその理由は選手選択からすでに始まっていた。
今大会の両チームの出走者リストを見てみよう。まずはイネオス・グレナディアスは、イーガン・ベルナルを筆頭に、ヨナタン・カストロビエホ、フィリッポ・ガンナ、ダニエル・マルチネス、ジャンニ・モスコン、ヨナタンナルバエズ、サルバトーレ・プッチオ、そしてパヴェル・シヴァコフという布陣だった。
それに対してドゥクーニンク・クイックステップはレムコ・エヴァネポエル、ジョアン・アルメイダ、レミ・カバーニャ、ミケル・ホノレ、イルヨ・カイセ、ジェームス・ノックス、ファウスト・マスナダ、ピーターセリーという布陣だった。
まず名前だけ見ても、ドゥクーニンク・クイックステップは誰もがステージ勝利ができる実力者揃い、毎年勝利を量産し続ける個性派集団ならではと言える顔ぶれだ。チームのエースはレムコ・エヴァネポエル、例年であれば総合優勝争いを狙わないチームだが、今年はケガから復帰の若手のホープをあえて総合上位を狙うエースとして送り込んできた。
対するイネオス・グレナディアスは、総合優勝を狙うことに特化したチーム体制であり、個人TTに関しては現世界王者のガンナが個人でステージ勝利を狙うという明確な役割分担がなされていた。ただし当初はエースはシヴァコフであり、スランプから抜け出られていないベルナルは、その右腕、そして万が一の場合のバックアップエースという形だった。
結果を見れば総合系を狙うという考えが、まずドゥクーニンク・クイックステップの普段らしさを失わせた。さらに大けがからの復帰後結果を残していないエヴァネポエルに経験のない長丁場のレースのエースを託すという大博打は、チームメイトたちの完全なる信頼を勝ち得ていなかったことも原因の一つだろう。エヴァネポエルが総合系ライバルたちから後れを取った際、昨年度のジロ・デ・イタリアで驚きの総合4位に入っているアルメイダが、そのアシストを拒否したのだ。アルメイダ自身最終的に今大会総合6位に入っている実力者だけに、未知数の若手にすべてを委ね自己犠牲を求められたことへの拒否感を示したのだ。そもそもが「調子がいい人間がその日のエースで、誰でも勝利を狙える」がスタンスのチームだけに、ここで求められた犠牲に対して納得できなかったのだろう。ましてやエヴァネポエルの21歳に対して22歳のアルメイダにとっては、ある意味屈辱的なオーダーと受け取ったのかもしれない。結局エヴァネポエルの総合脱落(その後リタイア)でアルメイダがエースに昇格したが、一度狂った歯車はもう戻らなかった。懸命の走りでアルメイダ自身は株を挙げたが、チーム戦略としては珍しく大きく外したと言わざるを得ないだろう。アルメイダは移籍が囁かれているだけに、チーム内での優先順位が低かったことも要因の一つかもしれない。
ただルフェーブル監督は、あえてエヴァネポエルに屈辱ともいえるほどの圧倒的敗北を経験もよしとしていた節がある。サッカー大国のベルギーのジュニアで結果を残してきたが、怪我で自転車に転向、僅か転向数か月からいきなり勝利を量産、一年もたたずしてベルギー選手権ジュニア、ヨーロッパ選手権ジュニア、世界選手権ジュニアのすべての個人TTとロードを制し、ほとんど負け知らずできただけに天狗になっていたところがあったのだろう。「もっと期待はしていたけど、まあ今回の敗北で、エヴァネポエルの天狗の鼻はへし折れただろう。完璧なコンディションではなかったかもしれないけど、今初めて壁にぶち当たったということだよ。」そう語るルフェーブル監督は育成に長けた名将だけに、エヴァネポエルの将来への期待を込めた今回のギャンブルだったようだ。
対してイネオス・グレナディアスはドゥクーニンク・クイックステップ以上に早い段階でエースのシヴァコフを失った。しかしこちらはすぐにベルナルをエースに立て直すと、モチベーション問題などでメンタルに弱点を抱えスランプに陥っていた若きエースを、マルチネスを中心としたアシスト勢が圧倒的な牽引力でサポート、そして時に大声で鼓舞するなど、眠っていたベルナルの闘志を再び呼び起こしたのだ。結果ベルナルは総合優勝のみならず、自らの力でステージ2勝を挙げる活躍をして見せた。さらには開幕ステージと最終ステージで現世界TT世界王者のガンナが勝利を挙げた。このガンナが平坦ステージなどで機能、ベルナルにしっかり脚を休ませることができたのも大きな勝因と言えるだろう。つまり不測の事態でも、すべてのピースがきっちりと機能したのがイネオス・グレナディアスだったのだ。組織力の構築には定評があるチームは、今年もしっかりとグランツール制覇で結果を出して見せた。
チームプレイに徹することができる組織力と個のプレイも重視する柔軟な組織力、やはり長丁場の総合に関していえば、組織力と戦略が綿密なほうが結果に繋がりやすいということだろう。昨今高速化が進むロードレース、1か月にわたる長期の攻防は、今はもう個の実力だけで勝てる時代ではなくなってきているのだ。
H.Moulinette