ブエルタ・ア・エスパーニャ総括:進む世代交代、そしてソロべニア勢の台頭、遅咲きの山岳賞獲得に大ベテランの意地、見どころ満載だった今年最後のブエルタ

今年のブエルタ・ア・エスパーニャは驚きの連続だったと言えるだろう。今シーズン他のグランツール同様に本命なき大会となったが、今大会は特に読みにくかった。しかしながら今シーズングランツールでエース初挑戦のプリモズ・ログリッチ(ジャンボ・ヴィズマ)が年間2戦目のグランツールで総合優勝を果たすという想像以上の結果を残した。元スキージャンプの金メダリストは、種目こそ違えど、その運動能力の高さとポテンシャルをまざまざと見せつけた。

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ログリッチの対応力の速さは驚かされる限りだ。春先のジロ・デ・イタリアでは終盤まで総合リーダージャージを守るも経験不足からライバルたちの猛攻撃の前に屈してしまった。確かにアシストが不足するという状況もあったが、それ以上に経験不足から自ら攻撃に費やした時間の分脚に来てしまい、ライバルたちの動きに対応しきれなくなった。今大会でも貴重なアシストを落車などで失いはしたが、それでもチームはログリッチシフトのメンバーを用意したことで、ジロ以上のアシストが可能となった。更にログリッチは極めて冷静沈着、自らの仕掛けを最小限にし、ライバルたちの動きに集中力を注いだ。その結果圧倒的な存在感を見せての総合優勝となった。
そしてそのログリッチの同胞、スロベニアのタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)の躍動もまた驚きだったと言えるだろう。昨年度のツール・ド・ラブニールの覇者でもあり、期待度は大きかったが、果たしてどこまで初のグランツールで活躍するのかは未知数だった。ましてやチームはポガチャルエースのシフトではなく、あくまでも今年の活躍はポガチャルの個人的な実力と言えるだろう。

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多少のムラのある走りはあったものの、結果的にはステージ3勝を挙げ、さらには総合で表彰台をかくとくする大活躍。そもそもグランツールでスプリンター以外が複数ステージ勝利を挙げることは非常に困難なのだが、それをいとも簡単にやってのけたのだ。まだ20才の新鋭が、世界に一気に名を知らしめたのだ。スロベニアの選手はあまり多くないが、そのうち若手二人が大きな結果を残したことは国としては大きな意味を持つだろう。

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「今大会はステージ勝利を目指す」と公言していたアレハンドロ・バルベルデ(モビスター)の活躍も、見るものを熱狂させた。世界チャンピオンの証であるアルカンシエルを着用するエースは、ナイロ・キンターナ(モビスター)とのダブルエースだったが、結局その抜群の安定感から最後までエースの座を守り続け、総合2位を獲得した。年間世界ランキングはあまり注目はされていないが、このランキングはいかに年間を通して安定した結果を積み重ねたかという指標であり、過去に5度の年間王者に輝いている男は現役で間違いなく最強の安定感の持ち主といえるだろう。今大会でログリッチが総合優勝をしたことで、年間王者獲得は難しくなったものの、それでも今年もはるか年下の選手たち相手に年間を通して勝ちまくったという事実は、この大ベテランが間違いなく最強の39才であることを物語っている。年齢だけを考えれば、総合3位に入ったポガチャルは息子であってもおかしくない年齢、そんな選手たちを相手に結果を残し続けるバルベルデは最強オヤジライダーを驀進中だ。

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そしてもう一つの驚きが、ジオフリー・ブシャール(AG2R)の山岳賞獲得だろう。2年前に靴の販売員をしていた男は、26歳でフランスアマチュアチャンピオンになるとワールドツアーチームの育成チーム入りを果たす。するとなんと初出走となったステージレース(ツアー・アルザス)でいきなり総合優勝を果たし、そのまま1軍入りを果たすシンデレラボーイだ。26才までは働きながらレースをしていた苦労人だが、遅咲きながら一気にトップカテゴリー入りを果たすと、さらにはブエルタ・ア・エスパーニャで山岳賞まで獲得してしまった。これ以上ないシンデレラストーリーはまだまだ始まったばかりだ。
よく考えればログリッチもスキーで行き詰っての種目変更で自転車入り、遅咲きではないが突如として現れた彗星のような存在だったが、ブシャールも同様だろう。そして僅か20才のポガチャルもいきなりの大躍進と、今大会は想定外と予想外のオンパレードだった。例年のように強者が圧倒的な前評判通り勝つヒーローストーリーは今年は見る事が出来なかったが、それこそが生身の人間が行うスポーツの醍醐味だろう。素晴らしきレースの世界は、まだまだ続く。
H.Moulinette