喘息の治療吸引薬をめぐる問題:選手からは「喘息薬を使う選手は除外、カテゴリー分けを」という声も、また五輪アスリートの調査で喘息薬使用者にメダリストが多いという明確な傾向も

フルームがいまその渦中にいる喘息薬使用による問題は、本当に根深いものがある。すべてではないがドーピング禁止薬物だが治療薬として認められているものもあれば、禁止薬物ではないが、摂取量が制限されているものもある。そしてその治療薬の摂取の仕方次第では、治療を超えてパフォーマンスの向上につながってしまっているというデータも出ている。
マルセル・キッテル(カチューシャ・アルペシン)らトップクラスの選手の中には公の場で「喘息薬を使用している人間は別カテゴリーに分けて欲しい。」と口にするなど、治療薬とはいえドーピング効果がある薬品を使用する選手たちへの風当たりはそもそも強かった。TUE(治療目的例外措置)を申請すれば使用が認められる薬品も多いのだが、そのシステムの悪用をしたのではと当時チームスカイに所属していたブラッドリー・ウィギンスとブレイルズフォード監督に疑惑の目が向けられている中での同じくチームスカイのクリス・フルームの喘息吸引薬成分のサルブタモール基準値オーバーは、選手たちに間に露骨な嫌悪感を生み出してしまった。
さらにここ100年近くのオリンピック競技をさかのぼっていくと、喘息で治療薬を使用している選手(基準値内)のほうが、喘息の持病がない選手よりもメダル獲得率が約倍も高いことがわかっているのだ。これは明確に治療薬が影響を及ぼしているといえる数値ではあるのだが、喘息の場合治療薬を使わねば生命の危険にもなりかねないという側面が、使用を容認し続けているというのが現状だ。

『吸引薬は悪用されるとドーピング効果に繋がってしまう可能性』
特に吸引薬は気管を押し広げ7~8%ほども呼吸量を増大化することがわかっており、例えば軽度の喘息であっても、重度であると偽り吸引することで運動能力の向上、つまりドーピング作用を狙っての悪用ができてしまうのだ。そのことを明確に嫌い、ティム・ウェレンス(ロット・ソウダル)などは「僕は絶対に吸引薬を使わない。あれを使うことはフェアではないから。」として吸引薬の使用をしないと明言している。それどころか「TUE自体も悪用される可能性があるし、治療以上の効果をもたらす可能性があるので、その制度を使わない、廃止すべきだと思う。」と言及している。そしてさらに喘息持ちの選手の大多数が吸引薬を使用していること(通常重度の喘息患者が緊急用に使用することが多いため)にも不自然さを感じるとしている。
また全米女子シクロクロスチャンピオンでもあるケイティ・コンプトンは、フルームと同じくサルブタモールの吸引薬を使用しているが、今回のケースも含めたレース中の吸引薬使用者の多さには違和感を覚えると口にしている。「そもそもレース中に吸引薬が必要なほどの喘息の発作が起きた場合、たとえ緊急時回避として吸引薬を使用したとしても体はすぐに戻らずレースを完走することさえも困難なはず。」としている。さらに「今回のフルームのケースは、考えられないような量の数値が検出されているけど、あれだけの量が必要な発作だったのであれば、レースどころか動くことも困難なはず。」と疑問を呈した。
WADA(世界アンチドーピング機構)は最大限の努力をしているがだが実はまだまだ抜け道やグレーゾーンは多く存在している。ドーピングは意図的に行うものだが、病気というものを口実、隠れ蓑にそれが行われていたとすれば、それはあえて追及されにくいことがわかっての極めて悪質なケースだ。今現在すでに別の研究機関らにより吸引薬の影響、つまり治療に使用したとしても、どれほどのドーピング効果を生み出しているのかという研究が進んでいる。
ウェレンスのように吸引薬は絶対に使わない、体調が悪ければレースをリタイアする、と割り切っている選手は少数派だ。さらには吸引薬を使わねばならないほどの喘息なのであれば、レースを続けるより引退を選択するという選手がいるのも事実だ。悪用するものがいることで、本当に持病があるのかなどを疑わねばならないのは悲しい限りであるし、また持病があったとしてもその症状の重さを偽っているのではないかという疑念を持たねばならないというのは残念なことだ。しかしながら現状吸引薬が蔓延しており、それが結果スポーツでパラドックスを生み出してしまっている。
偶発的なドーピング作用の可能性もある吸引薬をどこまで治療として認められるべきなのか、WADAの苦悩とともに、見る側にとっても頭を悩ますケースが増えそうだ。
H.Moulinette