フルームが3大グランツール連覇も、”暫定王者”の理由、TUE問題とサルブタモール基準値越え、可能性として残るブエルタとジロのタイトル剥奪、重鎮イノーは疑惑解明まで自粛の必要性を公言

これ以上ないパフォーマンスを見せ、ジロ・デ・イタリアを初制覇したクリス・フルーム(チームスカイ)、これで3大グランツール連続制覇という輝かしい記録を残したが、この記録は今現在の時点で世界的には「暫定的」という言葉で表現されている。日本ではほとんど報道がされずに、フルームの偉業ばかりにフォーカスが当てられているが、今フルームはまだ疑惑の渦中の人なのだ。昨年度のブエルタ・ア・エスパーニャ大会中のサルブタモール(喘息薬)基準値越えは、今まだ決着がつかない調査中案件であり、最悪昨年度のブエルタ・ア・エスパーニャと、今回のジロ・デ・イタリアのタイトル剥奪という可能性はまだ残っているのだ。
事の発端は昨年度のブエルタ・ア・エスパーニャ開催中に行われた検査で、フルームがサルブタモール数値で基準値の2倍という異常値を示したことだった。しかしそのことはすぐには公表されず、のちになってから公表されUCI(世界自転車競技連盟)とWADA(世界アンチドーピング機構)の対応のまずさが指摘されることとなった。
ちょうどTUE(治療目的例外措置)申請が悪用されて、隠れドーピングが行われているという告発があり、ツール覇者のサー・ブラッドリー・ウィギンスとチームスカイがそれを組織的に行っていたという疑惑も上がっており、また現役を退いたリゥーブ・ウエストラが、現役時代にTUEを隠れ蓑としたドーピングを告白したのだ。そしてそのフルームが所属するチームスカイの監督は、その渦中の人間であり、当然のことながら今回の一件でも関与が疑われているのだ。

©Tim D.Waele/Getty Images
フルームと同じように喘息を持っている現役トップ選手たちからは、フルームの数値の異常性を公言する声が次々と上がり、その数値が出るような摂取は医療的にありえないという意見が多く寄せられた。そんな中で調査が本格化したのだが、チームスカイの反論が伸ばし伸ばしになり、またそれが調査の遅れを呼び、ジロ・デ・イタリア前に決着することができなかったのだ。
悪意あるドーピングでなくとも、偶発的にサプリメント摂取などに混入していたとしてもそれは処罰対象であり、通常であれば出場停止処分となるはずだった。しかし今回のケースに関しては初動調査の遅れもあり、結論がいまだに出ていない。UCIは結論が出るまでフルームの出場自粛を要請しているが、これに一切の拘束力はなく、その結果フルームは現役選手たちや他チームからの懸念の声を押し切って出場を続けている。
フルームは「次に狙うのはツール・ド・フランス」と公言しているが、」その主催者のASOはツール開幕までに決着しなければ、出場を認めないと発言しており、フルームが実際にツールに出場できるかは不透明だ。ジロの場合は主催者側の判断があったからこそ出場できたが、ツールに関してはそう簡単には行きそうにない。
ではいつどのようにして今回のケースは決着するのだろうか?これは正直全く読めない状況となっている。出場停止とタイトル剥奪の可能性がある中で、もしその判断が下されればフルームとチームスカイは間違いなくCAS(スポーツ仲裁裁判所)に異議申し立てをするだろう。そうなればさらに判断が長引き、秋口にまで伸びる事さえ考えられる。
過去にはアルベルト・コンタドールが摂取した肉にクレンブテノールが入っていたとして(最終判断はサプリからの混入)2年間の出場停止処分となった時も、もつれにもつれて判断が下されるまでに2年を要してしまった。そしてタイトルのはく奪となったために、多くの混乱を招いたのだ。UCIとしてはその同じ轍を踏まぬように迅速に動くべきだったのだが、昨年度秋に新会長となったばかりのUCIはその対応を取り切れなかったのだ。

©Getty Images
また自転車レース界の生きる伝説、ベルナール・イノーはフルームに関して、「調査中という時点で出場は自発的に自粛すべきだ」と公言、「AサンプルだけじゃなくBサンプルでも基準値越えだったんだろ、それは疑念ではなく”結果”であり、違反に該当する。まだ継続調査中とはいえそんな選手がレースに出ることは自転車の信頼回復に何のプラスにもならないどころか、マイナスにしかならない。僕が達成した時と比較すらしないで欲しい。」と語気を強めている。
今後どのような判断が下されるかもまだ未知数、フルームにとってもUCIにとっても、長引くことは何一つメリットがない。仮に問題なしと判断されたにしても、調査中、疑惑解明中にUCIの自粛要請を蹴って強行出場したという事実は残ってしまう。これが悪しき前例になってしまい、同じようなことをする選手が現れないともとも限らない。そしてもし逆に最悪のケースになった場合、剥奪となれば、フルームには一気にダークなイメージが付きまとうだけではなく、調査中に強行出場までしたというその姿勢に対しても批判が高まるのは見えている。
出場するかどうかは確かに選手次第、チーム次第ではあるが、ロードレース界が今まだ信頼回復の道半ばであることを考えれば、フルームはもう少し自分のことだけではなく、レース界全体のことを考慮する必要性もあっただろう。ただ選手として脂がのり切っている感覚がある時期というのがあり、そのベストな時に出て結果を残したいという選手心理も十分に理解できる。
とにかく一日も早い解決を見なければ、ロードレース界の信頼回復はさらに遠のいてしまうのではないだろうか。
H.Moulinette