コラム:変化する機材と上がるスピードはどこへ向かうのか、コンパクトクランクセットは今や主流から外れ、チェーンリングは巨大化、クランクはショート化し、更なるスピードの限界へもリスク懸念

人間のフィジカルの変化が顕著にみられる昨今のレースシーン、人間離れした選手たちの登場は何も自転車競技に限ったことではない。しかし自転車界でもドーピングが違反ですらなかった時代の偉大な名選手エディ・メルクスに記録が、今の時代になり破られるようになった。それには時代とともに進化した人間のフィジカル、つまり食生活や習慣による身長、体重、骨格の変化に加え、情報の海と化したウェブ時代にも負けないメンタルの強さが大きく影響をしている。そして彼らは更に速さを求めるため、今までの一般常識を覆すような機材選択まで行うようになった。
クランク長は身長に対しての適正な長さが昔から指定があり、大柄な選手は長めのクランク、小柄な選手は短めのクランクというように分かりやすい構図があった。170㎜以上のクランクが海外の選手にとっては当たり前で、180㎜やもっと長いクランクまで当たり前のように使われていた。小柄な日本人にとっては、適正と言われていたのは165㎜やそれ未満だが、短いクランクの選択肢が少なったこと、またサイクリスト特有の「短いクランクはダサい、海外選手の使っているサイズを乗りこなすのがかっこいいのだ」というミーハーな下心で、無理して長いクランクをのっていた方も多いだろう。まさにそんな時代を通ってきた筆者も、よく考えてみれば170㎜以下のクランクを使ったことはほとんどなかったように思う。

©COLNAGO
ところがここへきて世界の最強ツートップと言えるタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツXRG)とワウト・ファン・アールト(ヴィズマ・リースアバイク)ら、”勝つ選手”たちが165㎜のクランクを使っているのだ。今までの計測ツール診断から言えば明らかに慎重に対しては短いのだが、これを回すにはもう一つ大きな理由がある。
それがチェーンリングの巨大化だ。短いクランクを回すにはケイデンスが必要となり、同じ速度を維持するにあたりより大きなチェーンリングが最適となる。ふた昔前は大きなチェーンリングは当たり前だった。しかしコンパクトクランクセットと言われる小さめのチェーンリングを主要コンポーネントとする波が到来し、フロントチェーンリングは小さいものを使うのが当たり前の時代となっていった。しかしここ数年巨大化したチェーンリングは、60T を超えるチェーンリングを使う選手が登場するまでとなり、主力選手たちも軒並み54t前後を使用するようになった。
これに合わせてのショートクランクである、力、この場合ケイデンスを上げる脚質がなければ回し続けることができない巨大なチェーンリングとショートクランクの組み合わせは、レースの高速化をさらに推し進めるかもしれない。更にはポガチャルのように、駆け引きよりも攻撃という攻めの姿勢がレースの主流となり始めていることも大きな影響があるだろう。駆け引きよりも回し続けたほうが有効なのだ。そして昨今ショートクランクのほうが膝や腰にかかる負担が少なく、怪我が少ないだけでなく、可動範囲(体の左右へのブレ)が狭いことでよりエアロポジションで空力アドバンテージがあるとの研究結果も出ており、ショートクランクユーザーはますます増えそうだ。純粋にタイム勝負のトライアスロンではすでにショートクランクが当たり前となっており、トラックでもあのブラッドリー・ウィギンスが177.5㎜から165㎜へと変えてオリンピックで金メダルを量産したのも忘れてはならない。
しかしそれは同時にハイリスクという側面もあることを忘れてはならない。ハイスピードでの落車による怪我の甚大化は顕著で、選手生命の危機どころか生命の危機にすらなりかねない事故が毎年のように繰り返されるようになった。これは多くのレースで過去最速タイムが大幅に更新されていることからも分かるように、レースのハイペース化が招いていることだ。これらギアを回し続けることでの高速バトルは間違いなく現在主流となっているのだ。
そこで実はギア比を制限しようという動きがある。フロントが巨大化することに対してリアのギア比を抑えることで、これ以上のハイペース化を防ごうという動きだ。これにはすでに賛同を示している選手たちも一定数おり、近い将来現実の元なるかもしれない。
スピードを追い求めるという人間の性と、それにどこで歯止めをかけるのかという人間の理性の駆け引きは、「安全」が求められる昨今の現場でそろそろ正念場を迎えそうだ。
H.Moulinette