コラム:人はなぜ軽量化に魅せられるのか、0.1gを削ることに命をかけるという自転車の楽しみ方、乗るだけではない、ある一つの自転車の楽しみ方の形
自転車は人を魅了する乗り物の一つだ。そしてそこには車同様にカスタマイズやチューンナップする楽しみが存在している。自転車のカスタマイズでまず多くの人が頭に浮かべるのが軽量化だ。どこまで軽く出来るのか、それは時に実際に乗ることよりも、マシン自体を改造することが最優先事項とさえなるのだ。。自転車は乗ってなんぼ、確かにそれはそうなのだが、乗ることよりもいじることに情熱を捧げる人がいるのもまた事実、それがメカニカルギーク、メカヲタの世界だ。
自動車の改良や改造はとにかくお金がかかる。それに比べると安価に世界トップクラスの選手たちが駆るマシンを手に入れることができる自転車は特殊な世界だ。憧れのスーパーバイクがそのまま購入できてしまうだけではなく、それをさらにカスタマイズやチューンナップしてスーパーバイク超えをしたハイパーバイクを生み出すことが出来るのだ。もちろん安価とはいってもそれなりにコストは掛かる。そしてハイエンドパーツの選択肢の方向性が圧倒的にパフォーマンスだけではなく軽量化にも寄っているものが多いというのが自転車の特徴かもしれない。
まるで女性たちが食事のカロリーを気にするかのごとく、パーツそれぞれの重量を0.1g単位まで計量して組み上げていくその様は、まるでこだわりを持った職人のようにも思えるが、大多数の人からはキチガイ扱いされやすい存在ともなっている。そのような軽量化をする人間には大きく分けて2パターンある。
まず一つが「軽量マニア」という人種だ。別名「軽ヲタ」とも呼ばれる彼らは、金に糸目もつけずにドイツなどの軽量ハイエンドパーツでバイクを固めることを基本線としている。カーボンやチタンで作られたパーツをふんだんに奢り、とにかく人よりも1gでも軽くしようとするのだ。タイヤなども軽量タイヤを複数本注文し、その中から実際に計量して一番軽いものを履く、更には軽量パーツの贅肉を徹底して削り落とすなど、0.1gを削るのにまさに命をかける者もいる。もちろん自転車としては乗ることが出来るが、安全性という部分を天秤にかけた改造も多く、これはあくまでも”床の間バイク”、つまり一つのアート作品としてのような扱いなのである。乗るよりも話題、自慢、そして酒の肴としての1台を作り上げるのが軽量マニアの使命感とも言える。
ただ一部の人はそこに性能を求めることもある。それはヒルクライムに特化した、「上り族」である。自転車乗りの中でも極めてドMな存在であり、苦しむことを”快楽”と言い切ってしまう特殊な人間だ。そのような人種は、単純に高級軽量パーツを付けるだけではなく、バーグリップを巻かないなど、ストイックに競技のためにスパルタンな軽量化を計る。機能性を損なわない限界点を探りながらの軽量化は、さながら職人技とも言えるこだわりだ。
どちらにも賛否両論はあり、乗るのが自転車なのに、危険を犯してまで軽量化すべきではない、成金主義、などと言った批判の的になることもある。確かに自転車は乗り物であり、本来は乗ってこそと言うのはもちろんではあるが、単に自転車という「造形物」が好きな者にとっては、改造しがいのあるオブジェでもあり、一つのキャンバスでもある。また競技に生きるものにとってはリスクと速さを天秤にかけてもストイックにこだわりたい勝負の道具なのだ。
これもまた一つの自転車の楽しみ方、最近の流行りの言い方で言えば「ダイバーシティー」、多様性とでもいえばいいのだろう。メカニカルギーク、メカヲタ、軽量マニア、軽ヲタ、上り族、なんと言われようと上等、それぞれが楽しいと思う楽しみ方が出来る、そんな自由が自転車にはあるのだ。
H.Moulinette