2007/5/12 1:35


「茄子 スーツケースの渡り鳥」内覧試写会レポート
舞台はジャパンカップ 「茄子」に見たロードレースの精神に涙が流れた
どんな言葉をもって、この「茄子 スーツケースの渡り鳥」を説明したらいいかわからない。だから事実だけをまずは言わせてもらいたい。「上映中、涙が自然と溢れた」
物語は2003年に映画化され話題を集めた「茄子 アンダルシアの夏」の続編。欧州のロードレースの魅力と世界最高のアニメーション技術を持つ日本の組み合わせが実現したアニメ映画は、第一作ですでにヒューマンドラマとしての完成度の高さを見せていたが、この第二作によって完全にその表現世界が結実した感がある。
すでに公開された予告編ムービーによって今回の舞台がジャパンカップであることをご存知の方は多いだろう。しかし監督の高坂希太郎氏はあくまでヨーロッパのロードチームであるパオパオビールからの視点で物語をつむぎ、プロのロード選手ひとり一人の生き様に焦点を当てている。
プロの自転車選手という特殊ながら過酷な生き方を通すことで、人間一般の生き様・信念のあり方を見せており、この映画はヒューマンドラマとして観られることは間違いない。だがここからはあえて、そしてやはりサイクルロードレースファンとしての視点で「茄子 スーツケースの渡り鳥」を語らせていただきたい。
物語は、ステージレースの最終ステージ、個人タイムトライアルの様子から始まる。路面をタイヤが駆け抜けていく音、観客の声援、描かれる街並は我々にも馴染みの深いロードレースの情景だ。
しかし、今回の話も単純なロードレース物語に完結しない。「茄子 スーツケースの渡り鳥」の物語序盤に語られるエピソードは、サイクルロードレースファンならば誰もが心を痛めたある出来事に間違いなく着想を得ている。ここではその出来事について深くは触れられないが、そのシーンを見た時に、僕はまず涙が出た。現実のその出来事と重ねたからではなく、スクリーンの中に確かな悲しみが満ちていたからだ。
「茄子 スーツケースの渡り鳥」はこのエピソードを軸に進んでいく。そこではプロのロード選手として生きる葛藤がこと細かに描かれる。今日、ヨーロッパに飛び出した多くの日本人選手が、プロの異次元の世界を語って私たちを驚かせるが、まさにその世界が視覚化されているのがこの作品だろう。
そして物語の舞台ジャパンカップ。正直言って、これには驚かされた。レース会場はもちろんのこと、コースのレイアウト、選手の宿泊するホテルや宇都宮の街並までもが完全に再現されている。一度でもジャパンカップ観戦に行かれた方は是非見てほしい。この徹底した取材に基づくイラストレーションの美しさが「茄子 スーツケースの渡り鳥」の物語世界を支え、時にこれ自体が魅力となっている。ジャパンカップに行ったことの無い方はぜひ今年の観戦前に観てほしい。その妥協のない再現性に絶句するはずだ。
ジャパンカップはヨーロッパで数えてもシーズン最後のレースとあって、各選手が相応の思いを抱いて臨む姿が描かれる。冒頭のエピソードも絡みジャパンカップにかける様々な思惑の交錯が物語に深みを与える。
前作の主人公ペペはもちろん今回もメインキャラクターとして描かれる。しかし、その他にも多くのキャラクターが物語において主要な人物として描かれる。これはロードレースそのものだ!本物のロードレースには誰一人として脇役がいないことはロードレースファンのみなさんなら周知の通りだろう。アシスト選手だって、レースの主役なのだ。それと同じで本作にも脇役というものがいない。すべての登場人物にそれぞれ背負うものがあり、そこにドラマがある。
人を感動させる力にロードレースの本質を見るなら、この「茄子 スーツケースの渡り鳥」は見事なまでにその本質を伝えている。内容に突っ込めないこと、筆の力が足りないことがあって、いくら言葉を尽くしてもこの作品の感動をお伝えすることができないのは口惜しいが、だからこそサイクルロードレースファンに前作以上の気持ちを込めて「ぜひ見てほしい」と言いたい。
この作品を生んだのが日本だということを誇りに思う。高坂希太郎監督をはじめとするスタッフのみなさんの心意気に、脱帽である。
茄子を介してつながるスーツケースの渡り鳥たちとジャパンカップ。心にぐっと来る、美しい物語に涙が止まらなかった。
text:Yufta.OMATA
物語は2003年に映画化され話題を集めた「茄子 アンダルシアの夏」の続編。欧州のロードレースの魅力と世界最高のアニメーション技術を持つ日本の組み合わせが実現したアニメ映画は、第一作ですでにヒューマンドラマとしての完成度の高さを見せていたが、この第二作によって完全にその表現世界が結実した感がある。
すでに公開された予告編ムービーによって今回の舞台がジャパンカップであることをご存知の方は多いだろう。しかし監督の高坂希太郎氏はあくまでヨーロッパのロードチームであるパオパオビールからの視点で物語をつむぎ、プロのロード選手ひとり一人の生き様に焦点を当てている。
プロの自転車選手という特殊ながら過酷な生き方を通すことで、人間一般の生き様・信念のあり方を見せており、この映画はヒューマンドラマとして観られることは間違いない。だがここからはあえて、そしてやはりサイクルロードレースファンとしての視点で「茄子 スーツケースの渡り鳥」を語らせていただきたい。
物語は、ステージレースの最終ステージ、個人タイムトライアルの様子から始まる。路面をタイヤが駆け抜けていく音、観客の声援、描かれる街並は我々にも馴染みの深いロードレースの情景だ。
しかし、今回の話も単純なロードレース物語に完結しない。「茄子 スーツケースの渡り鳥」の物語序盤に語られるエピソードは、サイクルロードレースファンならば誰もが心を痛めたある出来事に間違いなく着想を得ている。ここではその出来事について深くは触れられないが、そのシーンを見た時に、僕はまず涙が出た。現実のその出来事と重ねたからではなく、スクリーンの中に確かな悲しみが満ちていたからだ。
「茄子 スーツケースの渡り鳥」はこのエピソードを軸に進んでいく。そこではプロのロード選手として生きる葛藤がこと細かに描かれる。今日、ヨーロッパに飛び出した多くの日本人選手が、プロの異次元の世界を語って私たちを驚かせるが、まさにその世界が視覚化されているのがこの作品だろう。
そして物語の舞台ジャパンカップ。正直言って、これには驚かされた。レース会場はもちろんのこと、コースのレイアウト、選手の宿泊するホテルや宇都宮の街並までもが完全に再現されている。一度でもジャパンカップ観戦に行かれた方は是非見てほしい。この徹底した取材に基づくイラストレーションの美しさが「茄子 スーツケースの渡り鳥」の物語世界を支え、時にこれ自体が魅力となっている。ジャパンカップに行ったことの無い方はぜひ今年の観戦前に観てほしい。その妥協のない再現性に絶句するはずだ。
ジャパンカップはヨーロッパで数えてもシーズン最後のレースとあって、各選手が相応の思いを抱いて臨む姿が描かれる。冒頭のエピソードも絡みジャパンカップにかける様々な思惑の交錯が物語に深みを与える。
前作の主人公ペペはもちろん今回もメインキャラクターとして描かれる。しかし、その他にも多くのキャラクターが物語において主要な人物として描かれる。これはロードレースそのものだ!本物のロードレースには誰一人として脇役がいないことはロードレースファンのみなさんなら周知の通りだろう。アシスト選手だって、レースの主役なのだ。それと同じで本作にも脇役というものがいない。すべての登場人物にそれぞれ背負うものがあり、そこにドラマがある。
人を感動させる力にロードレースの本質を見るなら、この「茄子 スーツケースの渡り鳥」は見事なまでにその本質を伝えている。内容に突っ込めないこと、筆の力が足りないことがあって、いくら言葉を尽くしてもこの作品の感動をお伝えすることができないのは口惜しいが、だからこそサイクルロードレースファンに前作以上の気持ちを込めて「ぜひ見てほしい」と言いたい。
この作品を生んだのが日本だということを誇りに思う。高坂希太郎監督をはじめとするスタッフのみなさんの心意気に、脱帽である。
茄子を介してつながるスーツケースの渡り鳥たちとジャパンカップ。心にぐっと来る、美しい物語に涙が止まらなかった。
text:Yufta.OMATA
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