コラム:昨年10月の国体でのケイリン優勝者のドーピング陽性、その内容と最終決定、日本でのドーピングに関する様々な対する対応は、サプリメント依存への警鐘
昨日突然報道され話題となった昨年度10月の岩手国体ケイリン優勝選手のドーピング陽性問題、今頃になってから報道されたという雰囲気が漂い、また今だに名前が正式に公表されていないこともあり自転車好きの間では隠蔽体質や、なぜ公表までにここまで時間がかかるのだと言った批判の声が上がり、またネット社会ならではのまるで”犯人探し”に似たような個人特定合戦が繰り広げられた。
今回は検査を実施した日本アンチドーピング協会(JADA)、国体の運営組織である日本体育協会(日体協)、日本自転車競技連盟(JCF)、そして8月18日に選手からの不服申立てへの決定を下した日本スポーツ仲裁機構(JSAA)へそれぞれ取材、今回の一件に関する状況などを聞いてみた。
今回感じた疑問は、まず公表までになぜここまで時間がかかったのかということだった。それに関しては普段から世界の自転車界でのドーピング陽性に関する情報の速さが当たり前になっている我々からすれば、今回のように一年弱経ってからの情報公開、それも当事者ではなく別メディアが報じたことにより表面化したことには違和感があったはずだ。だが実は自転車界の情報は、世界を揺るがしたランス・アームストロング問題など、様々なドーピング蔓延への信頼回復への対策として独自に早期公表を心がけており、他の競技での一般的な公表に比べ極めて状況が違うということを理解せねばならない。
他競技でのドーピング公表と照らし合わせると、今回の公表が選手側の異議申し立てへの最終決定がなされるタイミングとなったのは、一般的に選手のプライバシーなども考えた時に普通の時間経過だといえるだろう。ただ、JADAがAサンプル、Bサンプル共に陽性となったことで、該当選手に4年間の出場停止処分を課したのが昨年の12月、僅か2ヶ月の段階で実はそこまではいっていたのだ。もちろんJADAはこの段階で選手の氏名などを公表、情報公開をすることは規定で問題なく可能ではあったが、選手側がJSAAへ不服申立てをしたために、その段階での公表を控えたとのことだった。そして今回JSAAが最終的に意図的な違反はなかったとして4年間の出場停止を4ヶ月へと短縮を決定となった。日本アンチドーピング規律パネルによる聴聞なども行った上で、重い処分を課したのだが、最終的にはJSAAの悪質なドーピングとは認められないという判断の元、大幅に短縮、4ヶ月(遡っての出場停止のため、現段階で競技出場可能)の出場停止となった。
『難しい判断が求められる情報公開 』JCFに関しては、今回は主催大会でなかったが故に直接的に判断を下す立場にないこと、また国体が日体協管轄であるためにそちらが当事者であることもあり情報が全て上がってきていないということだった。そのため日体協とJSAAの記者会見を待ってから、どうすべきかを対応するとのことだった。その日体協もJSAAの最終判断を待った上で、独自の裁定や処分を課すかを議論するということだった。そしてここでも同様に現段階では選手名の公表はしないということだった。ただこれはあくまでもJSAAが普段より氏名を公表していないことに準じた判断であり、今後独自の裁定をする際には公表も考えているとのことだった。担当者も公表しないことでネット上で”人物特定”が加熱していることを懸念しており、今後きちんと公表をする可能性もあるだろう。
今回一連の各方面の対応は適切に行われたと言えるだろう。しかしながら、例えばアンチドーピング機構とアンチ・ドーピング規律パネルが全くの別組織であるなど、複雑な組織構造などが事をややこしく見せていること、そして日本でのプライバシーへの配慮というものが極めて難しい判断を求められることがはっきりとした。
今回該当選手の尿から検出されたのはテストステロンの代謝物であるアンドロステンジオン、つまりは蛋白同化男性化ステロイド薬(ASS) だ。そして検査の結果、それらが選手が摂取していたサプリメントANAVITE から アンドロステンジオンが検出されたのだ。これは世界アンチ・ドーピング機構の認定施設で行われた検査であり、正確な判断と言えるだろう。
このANAVITEはマルチビタミンサプリメントであり、血中にビタミンDが多いとテストステロンが多く分泌され、筋肉がつきやすくなるということから使用者がいるサプリメントだ。結果的にはそのサプリは単純にステロイドを含んでいるから筋肉がつきやすい、と言う結果となり、それを今回のドーピング陽性が証明することとなったのだ。
今回選手が普段から摂取していたのは マルチビタミン、クレアチン、BCAA、グルタミン、ロディオラロゼラ、カフェイン、チロシン及びオルニチンという多種なサプリメントだ。スポーツ選手としてトップクラスの体を維持するために摂取しているとは言え、果たしてこれは「健康的」といえるのかは甚だ疑問だ。そして結果的にそのサプリメントのせいでドーピング陽性となり出場停止となったのであれば本末転倒といえるだろう。選手たちは改めてサプリメントなどに依存する体調管理を本気で見直す必要があるかもしれない。特に海外製のサプリメントはいろいろな意味で気をつけなければいけないだろう。
JSAAの仲裁判断
http://www.jsaa.jp/award/DP-2016-001.html#a01
H.Moulinette
・現時点で日本が他の国以上に「プライバシー」に関してデリケートな案件になっていることに配慮し、またこの選手が意図的なドーピングではなかったと結論付けられたので、今回は当記事の中では選手個人名はあえて伏せさせていただきます。