ジョバンニ・ピナレロが興した老舗中の老舗

イタリアを代表するレーシングブランド ピナレロ。その創業は、当時プロロードレーサーだったジョバンニ・ピナレロがイタリア・トレヴィーゾに自転車店を開業した1952年のこと。しかしそのルーツは第2次世界大戦以前にまで遡ることができる。1922年生まれのジョバンニは、15歳のときから自転車づくりを開始。その後アマチュアレーサーとして活躍していた時代でも自ら自転車をつくり続け、ピナレロブランドの基礎を築いていた。

それだけではない。ジョバンニの従兄弟アレッサンドロも1922年から小さな工房で自転車の製作を始めており、1925年にはミラノ自転車展で金賞を獲得している。ピナレロファミリーとしての自転車づくりの歴史は、イタリアに数多く存在するレーシングブランドの中にあっても古く、まさに老舗中の老舗と呼ぶに相応しいブランドなのだ。

ファウスト・ピナレロ率いる先進のイタリアンメイドブランド

現在ピナレロ社は、後継者ファウスト・ピナレロ指揮のもと、数々の先進技術を投入したピュアレーシングモデルを世に送り出し続けている。オーバーサイズチューブやインテグラルヘッド、カーボンバックといった、今やロードバイクにおいて当たり前のように使われている技術は、全てピナレロから始まったものだ。

それだけではない。ピナレロは一貫してイタリアンメイドにこだわり続けている。徹底した生産・品質管理の中、自社工房で溶接から塗装に至るまでハンドメイドされるフレームには、大量生産品にはない本物の良さがある。

ツール・ド・フランス7連覇

創業者ジョバンニは1947年から53年までプロロードレーサーとして活躍し、通算5勝をあげている。この影響もあり、ピナレロ社は1960年代より積極的にプロチームへの機材提供を続けてきた。そしてその名を世界中に知らしめることになったのが、バネストのミゲール・インデュラインによるツール・ド・フランス5連覇(1991〜95年)だ。インデュラインは一貫してピナレロに乗り続け、無敵の強さを見せつけた。その結果、ピナレロは王者のマシンとしての地位を確固たるものとした。

しかしそれだけでは終わらなかった。続く1996年にはテレコムのビャルヌ・リースが、翌97年には同じくテレコムの若き天才ライダー ヤン・ウルリヒがツール・ド・フランスを連覇。ピナレロは1991年から7年連続でツール総合優勝の栄冠を勝ち得たブランドなのだ。

世界最速スプリンターの走りを支える

アレッサンドロ・ペタッキ。2004年シーズンは21勝をマークし、ジロ・デ・イタリアで前人未到のステージ9勝を成し遂げた、現在世界最速スプリンターだ。昨シーズン、ピナレロはペタッキのために大径BBを装備したプロトタイプのドグマを用意することで、その爆発的なスプリント力を勝利に導いた。

2005年シーズン、そのプロトタイプはドグマFPとして製品化された。もちろんペタッキをはじめ、ファッサトレインのライダーたちがこのマシンを駆る。シーズン序盤から早くもペタッキは勝利を量産開始。今年も目が離せない。

カワシマサイクルサプライ内ピナレロジャパン
ピナレロ イタリア本社