CASTELLI
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サイクルウェア界のチャンピオンへ 〜カステリの歴史〜
界を代表する自転車アパレルブランドのカステリが誕生したのは1876年となる。しかし、その名前が人々に広く知られるようになったのはアルマンド・カステリが、ファスト・コッピへのウェア提供を開始した1940年代から。イタリア語でチャンピオンの中のチャンピオンを意味する「カンピオニッシモ」と呼ばれたコッピは、第二次世界大戦以後のヨーロッパで圧倒的な強さを披露。史上最高の自転車選手の 1人と評された伝説的な英雄である。彼は若干20歳でジロ・ デ・イタリアの総合王者になると、世界大戦の中断明けの27歳から33歳の間にジロを4度制覇。この期間中にはツール・ド・フラ ンスの総合王者にも2度輝くなど、サイクルロードレース界の頂点に君臨した。そんな彼の偉業に大きく貢献したのがカステリの ウェアだったのだ。

小さな洋服会社「ビットーレ・ジアンニ」で仕立屋として働いていたアルマンド・カステリは、最初、名選手ジーノ・バルタリのウェアを製作していた。当時、自転車レース界のトップに立っていたバルタリは、コッピにとって絶対に破らなければいけない目の上のたんこぶ的な存在だった。そんなライバルに勝利するため、コッピはバルタリの着ているものより優れた性能を持つウェア、具体的には彼のものより小さくて軽く、ツールのアルプス山岳ステージでコッピにアドバンテージを与えてくれるものを探していた

そこでアルマンドは、コッピの希望を叶えるべくこれまで誰も作ったことのないウェアを作成する。これは、従来のウールではなく、シルクなど材料を変更したものだった。新しいウェアを着用したコッピは、レースに勝利。これを機にアルマンド・カステリは、自転車アパレル業界に色々な新製品を送り出すこととなる。


して数年後、アルマンドは、業界における第一人者となった。アンクティル(Anquetil)、ファン・ルーイ(Van Looy)、モイレンアーズ(Moilenaers)、バハモンテス(Bahamontes)、 バルディーニ(Baldini)、マニ(Magni)やリビエーレ(Riviere)といったチャンピオンたちも彼のウェアを着用。カステリの利用者が、次々と王者になっていったの だ。また、ウェアだけでなく、スキンスーツ、バックポケット、ジッパー式の襟など、色々な部分でもトップ選手たちは、自らの力を高めてくれるギアを必要としていた。この分野でもカステリは彼らの要求に応える革新的な製品を生み出し、自転車レース界に革命を起こした。

1974年、アルマンドの息子マウリツィオは、カステリという名前の影響力、革新的な姿勢を継承するためのプロジェクトを開始。彼は、最も優れた次世代のレースウェアを製作することのみを目的としたカステリスポーツを設立する。最初はグローブ、次にチームウェアを作った同社は、さらに自転車レース界を劇的に変化させたライクラ繊維という新素材を生み出す。この繊維の誕生により、カステリの性能はさらに大きく高まった。

ライクラ繊維は、カステリのロゴマークになっているサソリが獲物に飛びかかるような衝撃を業界に与えた。この繊維で作られた新しいパンツを手に入れるためサイクリストたちはミラノ郊外にあるカステリの工場に詰め掛けたほどだ。その後も自転車アパレル界を牽引する存在となったマウリツィオによる発明は続く。メルクス、イノー、モゼールといったトップ選手たちはウェアに加え、ウィンドプルーフジャージ、エアロダイナミック・スキンスーツ、サブリメーションと最先端の技術を用いたカステリの製品を身につけて勝利を重ねた。マウリツィオのリーダーシップにより、カステリはアルマンドの伝統を継承することに成功。今日まで自転車レース界で確固たる地位を築いている。


ール・ド・フランスのマイヨジョーヌを含む4賞ジャージを長らく提供したカステリは創業から130年以上、ずっと革新的な姿勢を保ち続けている。毎年、新しいテクノロジーを発明し、マウリツィオ、アルマンドが残した功績に敬意を表する現在のチャンピオンたちを進歩させている。レーベルのロッソコルサも、カステリに劣らない質の高いアパレルグッズを世に送り出している。また、カステリの進化が止まることはない。最近ではスプリットセカンドジャージ、わずか 70gという驚異の軽さを誇るスーパーレジェーラジャージなど、ブランドの新しい伝説となる製品が誕生した。チャンピオンを始めとしたサイクリストたちがカステリのアパレルグッズを身につけてくれ る限り、カステリは新しい革新的な製品を提供し続ける。

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