2007/10/22 18:00

■ルイゾン・ボベ博物館へ行く
8月23日(木) 朝8時起床。テントを撤収しサポート隊に荷物を預け、カフェテリアで朝食。もう残り物しかなかったけど、ブルターニュ名物のガレットが一片残っていた。ボン・シャンスな気分だ。ゴールまであと450km、制限時間は1日半。膝がもってくれているので何とかなりそうだ。9時半に出発。
小雨が降っていたけどすぐに止んだ。途中、ご近所に住む石部氏に会えた。カメラを向けると最高の笑顔で応えてくれて、こちらも元気が出てきた。果てしなく続く丘を越えては、教会と石造りの家が連なる街を通り過ぎていく。
12時半、825km地点のサン・メアン・ルグラン着。ここはツール初の3連勝を果たしたルイゾン・ボベの生誕地だ。ご婦人にボベ博物館のある場所を尋ねてみたがうまく通じない。近くにいたおじさんも巻き込んで、手でペダルを回すようなジェスチャーをしながら「ミュゼ・ド・ルイゾン・ボベ」と言うとやっと通じた。
おじさんが「あそこだよ」と指差す先に博物館の横断幕があった。さっそく行ってみたけど残念なことに14時開館。あきらめるしかない。近くにボベのお父さんが経営していたパン屋もあるらしい。それは4年後のPBPまでのお楽しみにしよう。
■寄り道してばかり
空腹と眠気がダブルでやってきた。次の街のテントカフェでコーヒーとスポンジケーキを摂った。やがて固定ギアバイクの一団がやってきた。足に刺青をいれていたり、鼻にピアスをした連中で少し躊躇したけど、話しかけてみた。
彼らはニューヨークやニュージャージから来たとのこと。「ギア比はどれくらい」、「いつもブルベは固定で走るの」と色々尋ねてしまったけど、疲れた顔も見せずに応えてくれた。
街のおじさんが嬉しそうにこちらを見ていたので話しかけた。私のフランス語のレベルだと「お近くに住んでいるのですか」、「今日はいつもより寒いですか」といったことしか話せないし、おじさんの答えの半分も理解できないけど、土地の人と話すと元気が出てくる。
■リタイヤしていった仲間たち
しぶとくゴールを目指すものもいれば、残念ながら途中でリタイヤしていった者たちも少なくない。
14時半。860km地点 第10PC タンテニアック着。ここでは赤坂のY,sバイク スピンニング仲間の児玉さんに会えた。バイクウェアを着ておらず、彼女がリタイヤしてしまったことに気づいた。雨による寒さと睡眠不足が響いたのだろうか。国内ブルベ600kmを何度もあっけらかんと走りきってしまう彼女なら完走できると思っていたのだが・・。
17時45分。920km地点 第11PC フジュール着。ここではAJ宇都宮ブルベの常連、鈴木夫妻に会えた。ご主人はJCRC Sクラスの脚力を誇り、精力的にブルベに参加する鈴木夫妻だが不可抗力の事故に遭ってリタイヤとのこと。さぞ悔しいことだろう。
鈴木夫妻からは「たくさん余ったから」と補給食をたっぷり頂いてしまった。「最後まで走ってね」と明るく励まされると、何かのんびり走っている自分が申し訳なくなり、目頭がちょっとだけ熱くなってしまった。
■ビレインへ辿り着けない
18時半。フジュールを出発。ひたすらアップダウンの連続。左膝の調子が一進一退でペースが思うように上がらない。ダンシングをすると膝に激痛が走る。シッティングでひたすらインナーローでそろりそろり進む。雨のせいかスピードメータが死んでしまった。まあいいだろう。案内の矢印に従っていけば、PCへは確実に着くはずだ。
また雨がぱらついてきた。なかなかビレインに着かない。もしかして通り過ぎてしまったのか。周りを走っているサイクリストに「あなたはビレインに向かっているのか、それとも次のモルターニュに向かっているのか」と何度も尋ねてしまった。
日が暮れて隣のサイクリストの顔も見えないくらい真っ暗になってしまった。ふと気づくと隣に飯塚氏がいた。もう会えないと思っていたので、涙が出てしまった。飯塚氏にビレインはまでの距離を尋ねると、まだ20kmあるとのことだった。
■ミスコースか?
完全に時間と距離の感覚が狂っている。やたらきついアップダウンが続いてうんざりしてきた。しばらくすると猛烈に眠たくなってきた。ペースが上がらない。飯塚氏が気づかってくれたけど、先に行ってもらうことにした。
雨は止んでいた。途中で見覚えのある街を通り過ぎた。でも案内の矢印が見当たらない。まだ手前の街なのかと思い、ずんずん下っていったけどおかしい。周りを走る皆もおかしいとストップ。一体どうなっているのだ。コース案内の矢印を見過ごしたのか。
小さい街に出た。応援に出ていた人に聞くと12km戻れとのこと。皆からは「何だー」とがっかりするため息が。とにかく戻るしかない。もう矢印をチェックする気力も起きない。GPSを持っている者がいて、先頭を走り集団をビレインまで導いてくれた。
8月24日(金) 0時20分。1002km地点 第12PCのビレイン着。お腹はペコペコ。喉が渇いていたのでビールも買った。仮眠するうちに酔いは醒めるだろう。手早く食事を済ませて、1時過ぎ食堂の脇にシュラフカバーを開いて仮眠。

パリ〜ブレスト〜パリ2007 グラフィックス
photo&text:tb1
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パリ〜ブレスト〜パリ2007参加レポート vol.4
狂う感覚。辿り着けない焦り
− 第4日目 8/23(木) −
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| 『第9CPルデアックの朝。クローズが近いのでサイクリストが少ない』 |
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| 『ルデアックの朝食。左のお皿に乗っているのがガレット』 |
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| 『ルデアックを出ると石部氏に会えた』 |
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| 『ルイゾン・ボベ博物館』 |
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| 『テントカフェで休んだ』 |
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| 『第10PCタンテニアック。人が少なく閑散としていた』 |
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| 『第11PC フジュール。リタイヤした鈴木夫妻から補給食をもらった』 |
8月23日(木) 朝8時起床。テントを撤収しサポート隊に荷物を預け、カフェテリアで朝食。もう残り物しかなかったけど、ブルターニュ名物のガレットが一片残っていた。ボン・シャンスな気分だ。ゴールまであと450km、制限時間は1日半。膝がもってくれているので何とかなりそうだ。9時半に出発。
小雨が降っていたけどすぐに止んだ。途中、ご近所に住む石部氏に会えた。カメラを向けると最高の笑顔で応えてくれて、こちらも元気が出てきた。果てしなく続く丘を越えては、教会と石造りの家が連なる街を通り過ぎていく。
12時半、825km地点のサン・メアン・ルグラン着。ここはツール初の3連勝を果たしたルイゾン・ボベの生誕地だ。ご婦人にボベ博物館のある場所を尋ねてみたがうまく通じない。近くにいたおじさんも巻き込んで、手でペダルを回すようなジェスチャーをしながら「ミュゼ・ド・ルイゾン・ボベ」と言うとやっと通じた。
おじさんが「あそこだよ」と指差す先に博物館の横断幕があった。さっそく行ってみたけど残念なことに14時開館。あきらめるしかない。近くにボベのお父さんが経営していたパン屋もあるらしい。それは4年後のPBPまでのお楽しみにしよう。
■寄り道してばかり
空腹と眠気がダブルでやってきた。次の街のテントカフェでコーヒーとスポンジケーキを摂った。やがて固定ギアバイクの一団がやってきた。足に刺青をいれていたり、鼻にピアスをした連中で少し躊躇したけど、話しかけてみた。
彼らはニューヨークやニュージャージから来たとのこと。「ギア比はどれくらい」、「いつもブルベは固定で走るの」と色々尋ねてしまったけど、疲れた顔も見せずに応えてくれた。
街のおじさんが嬉しそうにこちらを見ていたので話しかけた。私のフランス語のレベルだと「お近くに住んでいるのですか」、「今日はいつもより寒いですか」といったことしか話せないし、おじさんの答えの半分も理解できないけど、土地の人と話すと元気が出てくる。
■リタイヤしていった仲間たち
しぶとくゴールを目指すものもいれば、残念ながら途中でリタイヤしていった者たちも少なくない。
14時半。860km地点 第10PC タンテニアック着。ここでは赤坂のY,sバイク スピンニング仲間の児玉さんに会えた。バイクウェアを着ておらず、彼女がリタイヤしてしまったことに気づいた。雨による寒さと睡眠不足が響いたのだろうか。国内ブルベ600kmを何度もあっけらかんと走りきってしまう彼女なら完走できると思っていたのだが・・。
17時45分。920km地点 第11PC フジュール着。ここではAJ宇都宮ブルベの常連、鈴木夫妻に会えた。ご主人はJCRC Sクラスの脚力を誇り、精力的にブルベに参加する鈴木夫妻だが不可抗力の事故に遭ってリタイヤとのこと。さぞ悔しいことだろう。
鈴木夫妻からは「たくさん余ったから」と補給食をたっぷり頂いてしまった。「最後まで走ってね」と明るく励まされると、何かのんびり走っている自分が申し訳なくなり、目頭がちょっとだけ熱くなってしまった。
■ビレインへ辿り着けない
18時半。フジュールを出発。ひたすらアップダウンの連続。左膝の調子が一進一退でペースが思うように上がらない。ダンシングをすると膝に激痛が走る。シッティングでひたすらインナーローでそろりそろり進む。雨のせいかスピードメータが死んでしまった。まあいいだろう。案内の矢印に従っていけば、PCへは確実に着くはずだ。
また雨がぱらついてきた。なかなかビレインに着かない。もしかして通り過ぎてしまったのか。周りを走っているサイクリストに「あなたはビレインに向かっているのか、それとも次のモルターニュに向かっているのか」と何度も尋ねてしまった。
日が暮れて隣のサイクリストの顔も見えないくらい真っ暗になってしまった。ふと気づくと隣に飯塚氏がいた。もう会えないと思っていたので、涙が出てしまった。飯塚氏にビレインはまでの距離を尋ねると、まだ20kmあるとのことだった。
■ミスコースか?
完全に時間と距離の感覚が狂っている。やたらきついアップダウンが続いてうんざりしてきた。しばらくすると猛烈に眠たくなってきた。ペースが上がらない。飯塚氏が気づかってくれたけど、先に行ってもらうことにした。
雨は止んでいた。途中で見覚えのある街を通り過ぎた。でも案内の矢印が見当たらない。まだ手前の街なのかと思い、ずんずん下っていったけどおかしい。周りを走る皆もおかしいとストップ。一体どうなっているのだ。コース案内の矢印を見過ごしたのか。
小さい街に出た。応援に出ていた人に聞くと12km戻れとのこと。皆からは「何だー」とがっかりするため息が。とにかく戻るしかない。もう矢印をチェックする気力も起きない。GPSを持っている者がいて、先頭を走り集団をビレインまで導いてくれた。
8月24日(金) 0時20分。1002km地点 第12PCのビレイン着。お腹はペコペコ。喉が渇いていたのでビールも買った。仮眠するうちに酔いは醒めるだろう。手早く食事を済ませて、1時過ぎ食堂の脇にシュラフカバーを開いて仮眠。
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