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2013/1/18 18:05

Armstrong Confession

アームストロング・インタビュー前半:物足りない告白、サイクリング界のダヴィンチコード?しかし言葉の裏に見え隠れする真実が!「ドーピングに引っかからないことが”健康管理”だった」当時のUCIの責任も重く


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果たしてサイクリング界のダヴィンチコードとなってしまうのだろうか?ランス・アームストロングが告白の際に選んだ言葉の多くには2面性があり、ある意味突っ込みどころも、これからさらに掘り下げていく必要のある案件満載の告白となった。


『アームストロングは今後どうして行くのだろう』
正直な所内容的には物足りなさを感じ、告白というわりには潔さが感じられない部分も多く、これには賛否両論あるかとは思う。「ランス・アームストロング」と言う一時代を気づいたヒーローでもあり時代の寵児でもあった男は、自らの罪と過ちを認め、今この時ももがき苦しんでいる事は感じることができた。しかしながらまるで事前に用意した台本を呼んでいるかの様な部分もあり、見た人々を説得するには不十分であったと言わざるをえない。

今更ながらかも知れないが、犯した罪の大きさに見合った貢献を今後していけるかで、彼に対する世間の風当たりは大きく変わっていくだろう。

ではインタビューの内容を追って行きたいと思う。心理学的見地や言葉の裏に隠されている部分にも焦点を当てながら検証してみたいと思う。少々長いが、インタビューをほぼフルにカバーしているので、読んでもらえばおおよその全容がつかめると思う。

開口一番インタビューワーのオペラ・ウィンフリーが聞いたのは革新的な部分だった。「あなたはドーピングをしていたか?ツール7連覇の時もそうだったのか?」との問いに、ランス・アームストロングは「していた。それは間違いない。1990年代なかばから行なっていた。」とストレートにドーピングを認めた。コルチゾン、EPO、ホルモン剤、テストステロン、自己輸血と言った多くのドーピングを行なっていたことを全て認めた。「当時はそれが風潮であり、それが禁止されていることでありながらもいけないことをしているという認識は全くなかった、それが当たり前だった。」との言葉には、いかに多くの選手が日常的にドーピングをしてきたかということが感じられた。「ドーピング抜きには7連覇は不可能だった。」とも語り、ドーピングは勝つための手段だったことを強調した。


『この時の笑顔に悪意はなかったのだろう』
「僕の最大の過ちはドーピングをしたことではなく、それが禁止されていると知りながらそれを止めようとしなかったことだ。そのことをもう手遅れだが一番後悔している。」

どれだけの人間がドーピングをしていたかについては言葉を濁したが、「実際どのくらいの人間がしていたかはわからない。ただドーピングをしていなかった人間を挙げろと言われれば挙げることができるだろう。当時は彼らは評価されなかったが、今なら彼らこそが本当のヒーローであったと言える。」と語り、いかにドーピングが蔓延していたかを語った。

USADA(全米アンチ・ドーピング機構)の現会長タイガートは当時を振り返り、「組織的ドーピングの様はまるでマフィアのようだった。また様々な手段で行われており、エドガー・アラン・ポーという言葉がEPOの暗号として使われていた。」と語り、アメリカ史上最高のミステリー作家名を暗号に使う皮肉さを例に挙げ、いかにシステムが巧妙かつ組織的に行われていたかを語っている。

USポスタルのシステムのみならず、どのチームも当たり前のようにドーピングを行なってきた裏にはUCIのテストがザル出会ったことを語った。「UCIのテスト項目は少なく、そしてきっちりとスケジュール管理さえすれば誰にでもテストをかいくぐることは出来た。このスケジュール管理もチームの仕事の一環となっていた。ドーピングをしてもレース時には引っかからないように設定することが”健康管理”となっていた。」と語り、UCIがいかにドーピング問題に力を入れていなかった、もしくは黙認していたのかがはっきりと感じられた。


『喰いついたタイガート、粘って闇の扉を開いた』
今回のインタビューの中で唯一アームストロングが否定したのは、カムバック後の2009〜2010年シーズンに関しては一切ドーピングを行なっていないということだ。USADAはこのカムバック時期もドーピングをしていたことを指摘しているのだが、この部分だけは断固として否定をした。

当時のチーム内でも絶対的権力と権限を握っていたとされるアームストロング、他の選手へのドーピングの強要や、それを拒否した人間への解雇などをしたことがあるかとの問いには、「それはなかった。」と答えた。しかしながら当時チームメイトであったクリスチャン・ヴァンデ・ヴェルデ(ガーミン・シャープ)は使用をしなければならない状況に追い込まれた、と証言しており、アームストロングも「”暗黙の圧力”があったことは否定しない。」と語った。チームのまとめ役だったはずが、いつの間にか”お山の大将”となり、チームに強さを求めれば求めるほどすべてを仕切るようになった事を認めた。そして勝つためには手段を選ばず、それがもう当たり前に”仕事”となってしまい、ドーピングに何の抵抗も無くなった事を淡々と語った。

自転車界から永久追放処分を受けているミケーレ・フェラーリ医師が首謀者だったのかとの質問には、言葉を濁す場面もあり、誰が主導して自転車界でドーピングが行われてきたかに関してははっきりとした言葉は残念ながら聞かれなかった。

「馬鹿というやつが馬鹿だとよく言うが、僕はそんな大馬鹿者になった。今まで否定してきたことで他人を馬鹿呼ばわりしてきたが、結局自分に帰ってきた。自分自身が語り続けた言葉の一つ一つが、今僕の首を絞めている。全ては自分自身の責任で、当然の報いだと思っている。」

何故ドーピングというリスクを犯したのか?との問いには、「ただ勝ちたかっただけ、病気の治療の時にそもそも使ったことで、その味をしめてしまい、後はもう流れだった。癖になり離れることができなくなってしまった。ほとんど中毒状態だった。ドーピングと勝利はワンセットになっていたんだ。」と語り、まったくリスクというものを考えてもいなかったことを認めた。”当時の風潮が”という言葉を最初に口にしたとおり、自転車界でドーピングが勝利のための”道具”として蔓延していたことで誰もそのことが間違ったことなのだという認識が無くなっていたことがはっきりとした。

「ドーピングをして勝つことはわかっていた。だんだんと勝つこと自体よりも、勝利までのプロセス自体が喜びとなっていった。ずるをしているとも思わなかったし、禁止薬物を使うことにも抵抗もなかったし、とにかく悪いことをしていたという認識は当時は微塵もなかった。今考えるととそのことが一番恐ろしい。」と語ったが。「ここまで大事になるとはつい最近まで思わなかった。」、と語ったことが、ドーピングに対しての罪悪感がいかにアームストロングの中になかったのかが感じられた。

「多くの人の期待や信頼を失ったことは人生をかけて償っていきたい。」と語ったが、今更彼の言葉をどう信じればいいのかがわからないという人がほとんどだろう。時に自己正当化とも取れるような言葉が混じり、どこまでが弁護士などとの打ち合わせ通りの回答なのかの見極めが難しかった。裁判沙汰になっている件も多く、語れない部分があることはわかるが中途半端に感じ、本当にどこまで反省しているのかがわからないと感じた人は多いだろう。

USADAは1999年にUCIのドーピングテストで陰性となったアームストロングの冷凍サンプルを、2005年に再テストしたところ、EPOの陽性反応が検出された。これに関しては「UCIが当時EPOをテストしていないのを知っていたし、テストはザルだった。当時の基準で言えばテストは通ったわけだし、当時のルールで言えばドーピングには該当しなかった。」と語り、掘り下げられていることへの若干の不満感も感じられた。この辺りの質問の際には、組んだ脚を小刻みに揺らすなど苛立ちの感情も読み取ることが出来た。


『UCIの闇を暴露したハミルトン』
元チームメイトのタイラー・ハミルトンは自らのドーピング関与の証言の中で、「アームストロングはツール・ド・スイスの際に”陽性反応が出ちゃったよ”、と語りながらも表沙汰にならないから心配ない、と語っていた」と証言している。それに対しては”僕はUCIのファンじゃないし”という言葉を繰り返しながら、「ポジティブ(陽性)になるテストはなかった。」と語るなど、いろいろな解釈ができる表現をした。また同時期に多額の寄付をUCIにしていることに関しては、当時”ドーピング撲滅のための寄付”としたのは嘘であり、「UCIから寄付を要求されたから。」と答えた。果たしてUCIから要求されただけで多額の寄付をするものなのだろうか?ドーピングをしている男が何故”ドーピング撲滅のため”などという嘘をついたのだろうか?よく考えればこれで一番得をするのはUCIであることは明らかだ。何故彼個人にのみ多額の寄付を求めたのか、またその寄付理由に嘘を用意させたのかを考えれば、自ずと答えは見えてくる。UCIからすれば口止め料が入るだけではなく、チャンピオンがクリーンであり、こんなに多額の寄付を”ありもしない”我々のドーピング撲滅プログラムのためにしてくれているという、”プラスのイメージ”を世間に印象付けることができるのだ。

あえて”僕はUCIのファンじゃないし”と言うところを強調したところに、多くの真実が隠されていることが感じられた。ドーピングを認めるだけで自分の中で精一杯で、UCI問題に踏み込めばこれから先にさらに泥沼が待っており、そこまで直接的には関与したくない、もうこれ以上振り回されたくはないと言う意思表示だったように思える。

エマ・オ・ライリーが証言した「コルチゾンの処方日時改ざん」に関しては、アームストロングは全面的にその罪を認めた。癌からの治療薬として必要だったかのごとく日時を改ざんして、使用していたことを認めた。また元チームメイトとその妻の、「薬物使用に関しての打ち合わせをしていた。」との証言に関してもそれが事実であったことを認めた。どちらのケースでもアームストロングは名誉毀損で証言者に対し損害賠償請求等を行なってきた。真実を語ってきた人間に対するそのような暴挙への謝意を表明し、個人的に関係回復に務めていることを語った。そして「到底許してもらえるとは思っていない。」と力なく呟いた。


『”言わザル”になれなかったランディス』
2006年にフロイド・ランディスがツール・ド・フランス優勝、しかしその直後にドーピングで失格になった。当初は全面的に争っていたが、そして3年後突如として彼はドーピングを認め証言を始めたのだ。そしてその中で「アームストロングがドーピングを僕に勧め、そして彼自身も使っていた。」と証言したのだ。それに対し「ランディスを公私共に支援し、裁判費用も全て世話をしてきた。それがまさか僕に牙をむくとは思わなかった。」と語った。支援は口止めだったのかとの問いには、「それは違う」とは答えたが、どこかしっくりこない答だった。結局このランディスの証言がきっかけとなり、今の状況にまでなった経緯があり、彼に対する憤りとも取れる感情が感じられた。「ランディスが証言した時にすべてが終わったかもしれないと思った。」と語り、この証言こそが全てにおいて一番大きな鍵だったと自ら認めた。

「現役復帰をしなければ、ドーピング問題で追求されることはなかったと思う。そいうった意味では現役復帰したことを後悔している。」とも語り、復帰しなければドーピング問題が再浮上せず事が穏便にすんだはずだとの認識を示し、やはりここでもドーピングに対してどこまで反省しているの疑問を持たざるをえない。しかしながら「昔に戻れるのであれば戻りたい、そうしたら二度とドーピングなどしない、後悔することばかりだ。」とも語っており、自己矛盾するほどまだ気持ちの整理が付いていないところも感じさせた。

連邦捜査局の突然の操作終了には関与も圧力もかけていないことを強調しながらも、USADAのしぶとい調査と追求には根負けした事も認めた。地道に捜査をし、カミツキガメのごとく喰いついたら離れなかったUSADA、何故今頃?と非難もされたが、結果においてしぶとく粘り証言者を説得し続けた結果、有力な証言と十分な情報が集まり、自転車界の触れてはいけないとされてきた禁断の扉を開けるに至った。そしてそこに控える更なるUCIの闇と言うパンドラの箱こそこれからさらに追求をして行かなければいけないドーピング問題の根幹なのだ。今回のインタビューでようやくそのパンドラの箱の手をかけることができたのかもしれない。

これからUSADAの捜査に手を貸すのか、との問いには、「今更かも知れないが、そういったことを頼まれれば出来る事はしたい。」と語った。

今回の一連の騒動が起きたことで逆にようやく「今までよりも穏やかな気持になれた、今が一番気持ちが楽だ。」と語ったのは本音だろう。知らず知らずのうちに自分が想像していた以上に大きくなりすぎた砂の城は、デリケートすぎるがゆえに維持すること自体がとても困難で、崩れてしまったほうが気が楽だったと言うことだろう。ドーピングにより築きあげた巨大な城、似非と嘘で作り上げられた虚構の城は結局自らの手に負えるシロモノではなかったのだ。

今回の件でアームストロングは許されることはないだろう。でも人はだれもが罪を犯す、大切なのはその後それにどう向き合っていくことができるかだ。これからそのいい模範となってほしいと切に願う。そして墓場まで持って行こうとしている真実も洗いざらい口にして欲しいと思う。明日の後半で何が語られるのか、その上であらためて総括をしたい。

H.Morine
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